さて、ちょっと異世界冒険者みたいな事をしましょうかね。
私は、祈女(ユータ)として、村の家々を回っているわけだが、時々相談されるのが、害獣被害だ。
田畠を荒らす害獣(モンスター)を、どうにかして欲しいと頼まれる。
これには少なからずの村人が被害を出しているわけだが、何せ村人らは忙しい。
普段の生活だけでも、水汲み、洗濯、水撒き、作物成長状態の確認、次の作物作りの準備、収穫した作物の脱穀、加工、雑草取り、草刈り、薪拾い、薪加工、糸紡ぎ、反物作り、飯作り、土コネ、食器のそ焼き、食事の支度、赤ん坊の世話、雑貨物作成…などなどなど、やる事はイッパイだ。
害獣(モンスター)に対しては、相当な被害が出れば、本格的に動くだろうが、少々の被害では、泣き寝入りする。
なので、私あたりに相談が回ってくるわけだけれど、私にしても、今までは、大した事が出来なかった。
人間の匂いを警戒するケダモノの習性を勘案して、田畠の周辺に、人間の匂いを強烈化する、見えない結界を張るのがせいぜいだった。
まぁ、それでも、少しは被害を抑えられたらしいけれど。
とは言え、結局は、結界のない田畠に被害が移るたけだった。
だが、今回は20名の手勢を得たワケで、やれる範囲が増えた。
ならば、この際、害獣(モンスター)にはお引き取り願おう。
つまり、駆除してやる事にした。
言い換えれば駆逐だ。
元いた世界風の言い方をすれば「駆逐してヤルゥううううう!」だ。
さすれば、我が手勢に『見込み』がある事など、ハーティにはすぐ理解してもらえるだろう。
とは言え、季節的に夏の収穫時だったので、すぐ行動は起こさなかった。
村中が刈り入れに忙しい時だからだ。
なので、その間は子供たちも親元に戻して家の仕事を手伝わせた。
で、刈り入れが終われば、次はイリキヤアマリ神の祭りだ。
今度は祭りの支度が忙しい。
そして祭りなのだが、この時は私も、慣れて油断しまった為か、力の制御を間違えて、御嶽(オン)に集った女たちをほぼ全員失神させてしまった。
やべー、やべー、やり過ぎ、やり過ぎ。
失神から立ち直った女たちは、皆一様に体を抱きしめ、震えながら御庭に出て行き、パートナーたちに介助されながら帰って行った。
その様子を見ていた主子(ウフヌン)の中では影が最も薄いクゥトが
「来年は、赤子も大豊作ですな」
とか呟いていたのが、印象的だった。
まぁ、それなら、それでいいか。
それで、祭りが終われば、今度は種まきだ。
これまた村人らは、一家総出で…って…うむ。
流石にキリがないので、この頃から動き出す事にする。
まず、ウィーギィ爺(ジージ)に声を掛ける。
「爺(ジージ)は、田畠を荒らす害獣(モンスター)について何か知ってる?」
寝所のゴザに寝転びながら、大きな葉っぱを団扇のようにして仰いでくれるウィーギィ爺(ジージ)に問いかける。
エーシャギークは南の島だから、いつまで経っても暑いのだ。
ちなみに時間があれば、頭の方を祝子(ヌルン)のシャナが扇いでいる。
「もんすたあ?ですか?」
「ケダモノの事よ。田畠の作物を荒らすヤツ。」
私の説明に、ウィーギィ爺(ジージ)はヒゲを撫でながら「ああ」とうなずいた。
「イーノ…の事ですかな?」
「イーノ?」
ウィーギィ爺(ジージ)の説明によると、イーノは、3、4歳児ぐらいの大きさで、全身薄い毛に覆われた四つ足の獣(モンスター)らしい。
あんまり大きくないなぁと思ったのだが、舐めてかかると、猛烈な勢いで体当たりしてくるので、大怪我をするのだそうだ。
「数匹の群れで行動するので、一匹を仕留めようとすると、近くに潜む他のイーノに襲われるのだそうです。」
と、ウィーギィ爺(ジージ)。
やっぱり何でも詳しい。
にしても、なるほど、それは少々厄介ではある。
「爺(ジージ)はどこからそれを聞いたの?」
「祭りの夜に村人らと会話したのですよ。」
「ふ〜ん。」
御嶽(オン)の手前、御庭で女たちを待つ男たちは、そんなやり取りをしているのか。
まぁ、普段、村人全体が集まって情報交換するような場はないからねぇ。
「その、イーノの獲り方に詳しい人とか、村にいるの?」
「どうでしょう…何匹か仕留めたとか、自慢している人はいたようですが…。」
「それじゃあ、イーノを獲るのに詳しい人を探して、詳しい獲り方を聞いて来て。」
「え?私めがですか?」
「うん。教えてくれた人には、お礼に、父様から頂いた、アワ、キビ、ヒエ、各一升を渡すわ。」
情報料である。
私の特命を受けたウィーギィ爺(ジージ)は翌日から留守となった。
その間、寝所で寝転がる私を扇いでくれたのは祝子(ヌルン)のシャナだ。
なんだか嬉しそうにせっせと扇いでくれた。
ウィーギィ爺(ジージ)がいなくなった後、暇な私は木綴じを眺め、時々気が付いた事を書き込む。
と言っても、この頃の私はこの世界の文字をまだ覚えていないので、前の世界の文字で書き込みをしていたのだ。
そんなこんなで溜まった木綴(キトジ)は、かれこれ5綴りはあるだろうか。
私の分とは別にウィーギィ爺(ジージ)もメモを取っており、なんでも私に関する日報らしいのだけれど、そっちの方は10綴りとなって溜まっている。
こちらの木綴(キトジ)はウィーギィ爺(ジージ)が薪として集められた木々から、直接削り出して作ったものだ。
だから、ハーティがくれた木綴(キトジ)よりは、どこか不恰好で、歪(いびつ)なのだけれども、私のために木綴(キトジ)を作ってまで記録を残してくれるウィーギィ爺(ジージ)に、私は結構感謝している。
最近は、シャナに文字の手ほどきもしているらしい。
私にもして頂きたいものだが。
そして数日もすると、ウィーギィ爺(ジージ)はイーノの獲り方を聞いて戻って来た。
「クィンツ様、イーノを獲るには、まず、丈夫な縄を綯(な)うのだそうです。」
「縄を?」
寝所で寝転がる私は、数日ぶりにウィーギィ爺(ジージ)に煽られながら報告を聞く。
「はい。次に、それの片方の端を、引くと閉まる形の輪にするのだそうです。」
ん?
カウボーイの縄投げ見たいに使うのだろうか?
「それで?」
「もう片方の端は、太い木の幹に括り付けておくのだそうです。」
「木に括り付ける?」
「はい。そして、残りを適当に伸ばして放置するのだそうです。」
「え?放置するの?…罠かしら?」
「そういうものを森のあちこちに仕掛けていくそうです。」
私の疑問をウィーギィ爺(ジージ)は、なんだか無視して話しを続けた。
「森のあちこちに?」
「はい。それから、先が別れた枝を用意するそうです。」
先の別れた枝?
Y字型ということか?
「んんん?」
「その別れた枝の先っぽに引っかかりを作っておきまして、また、枝に継ぎ枝をして長く伸ばして置くそうです。」
「ふんふん。」
「それで、その先の別れた枝を持ち、森の見回りをするそうです。」
先がY字に別れた長い棒を持った男が、ジャングルの中を歩き廻る姿が私の脳内にイメージされた。
ウィーギィ爺(ジージ)は話しを続ける。
「そうしまして、森の中でイーノを見つけましたら、近くの木に登るのだそうです。」
「木に登る?」
「はい。そして木の上から、枝を下ろまして、先ほど申した、森のあちこちに隠しておいた縄の先、輪にした方を引き上げるのだそうです。」
「縄を引き上げる?」
「はい。こんな感じに。」
と、ウィーギィ爺(ジージ)は、右手の人差し指と親指でOの字をつくり、左手の人差し指と中指をV字にして曲げ、Oの字側を引っ掛け、引き上げるような仕草をした。
「こんな風に、先が別れた枝で輪の部分を引き上げてぶら下げるそうです。」
木の上から、男が、先がY字状になった棒をおろし、地面に隠された綱の、輪になった部分を引っ掛け引き上げる風景が頭に浮かぶ。
「う〜ん。なんとなくわかったけれど…つづけて」
「はい。イーノという獣は、常に下ばかり見ているので、その輪にした部分を鼻先にぶら下げると、首を通して、ややもすると気がつかないのだそうです。」
ああ。
と、私は納得した。
先がY字となった棒というのは、輪にした部分が閉じないよう、広げた状態で引き上げるためのモノか。
それで、広がった輪っかを、イーノというケダモノの頭を通す…と。
「本当に?」
そんな間抜けなケダモノなのか?
「はい。それで、うまいこと輪に頭が首まで通ったら、木の上に居たまま大きな音を立てるのだそうです。」
「音を?何故?」
「そこでイーノはびっくりして前に走るので、首にかかった輪が、ギュっと閉められるのだそうです。縄の端は木の幹に括り付けられているので、逃げられません。」
「あ、つまり、縄を引っ張る必要もないし、縄を掛けた人は木の上に居るから安全て事ね。」
「左様でございます。」
成る程ねと、私は感心する。
聞けるものはキチンと聞いておくものだ。
だが、このやり方は、そのまま私たちが使えるとは思えない。
私は日を改めて子供たちを集合させると、田畠を荒らすイーノの駆除をする事、また、実際に行われているイーノの獲り方について、ウィーギィ爺(ジージ)の聞いて来た話しを皆に伝える。
それから、彼らの意見を聞く。
「どう?このやり方は、私たちでも出来ると思う?」
私の可愛い親衛隊員たちは、お互いの顔を見合わせると、恐る恐る口を開く。
「出来ると思います。」
口では「YES」だが、顔は「NO」と言っている。
正直じゃないなぁ。
仕方がないから私は言う。
「そうね。出来ると思うわ。」
子供達はゴクリと唾を飲み込んだ。
私は言葉を続けた。
「でも、もっと簡単な方法をやろう!」
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