さぁてねぇ。
と、いう事で、私は、私の小さな親衛隊たちに方針を伝えてから、一旦解散させると、思うところがあって、ウィーギィ爺(ジージ)とティガ、それに祝子(ヌルン)のシャナと船着場に出かけた。
一方、通いの祝子(ヌルン)であるセトとウシュムには残ってもらい、普段ティガやシャナがしているチュチュ姐(ネーネ)のサポートをしてもらっている。
本当はハーティの許可を得た方がいいのだろうけれど、この時期、ハーティは主子(ウフヌン)らを連れて海に出るため、留守だった。
大体2ヶ月から3ヶ月ぐらいは帰ってこない。
その場合、留守を預かるコルセに相談すべきなのかもしれないが、正直私はコルセの監督下って訳でもないのだから、自由にさせてもらうことにした。
あえてだ。
もしかしたらウィーギィ爺(ジージ)がコルセから小言を言われ、戻って来たハーティから叱られるかもしれないが、その場合は私が庇うつもりでいる。
私は計画的に「良い娘」でいる事はやめていく予定だった。
そして、本来は、ハーティの配下であるウィーギィ爺(ジージ)やティガの支配権を、なし崩しに貰ってしまおうとも企んでいた。
まぁ、徐々にだけれどね。
で、船着場に来てみたのだが、案の定というか、予想通りというか、誰もいなかった。
まぁ、用がなければ、誰も使わない場所なのだから当然だ。
ただ、そこを起点として、海沿いに歩いていけば海人(うみんちゅぅ)と呼ばれる漁師たちと出会えるだろう。
船着場は海につながる河口にあって、川幅がいきなり膨らんでいる所だ。
ただ、海への出口はマングローブのような植物が連なっているため、狭まれ、河岸からは海は見えない。
そのまま、船着場からマングローブのような植物林を抜ける道をしばらく進めば、いきなり開けて海岸へと連なる。
ウォファム海岸だ。
私はいつも島の中しかうろついていないから、直接海岸を歩くような事は滅多にない。
だから、植物林を抜け、目の前に海が広がると、ちょっと新鮮な気持ちになる。
「クィンツ様、日陰に」
植物林を抜けると、海岸にはもう日差しを遮る植物がない。
だから、ウィーギィ爺(ジージ)も祝子(ヌルン)のシャナも、慌てて私の頭に大きな葉をかざしてくれる。
私は日差しに弱いのだからしょうがない。
太陽は、まだ南の空の真ん中に至る半分の位置にあるのだけれど、朝早く出た海人(うみんちゅぅ)の小舟は戻って来ている頃合いだろう。
彼らは漁(と)った魚を一度下ろして、昼飯をとってから出かけるはずだ。
と、村で聞いてる。
そして、案の定、私らが海沿いを歩いて行くと、丁度、小舟を引き上げて居た海人(うみんちゅぅ)に行き当たった。
漁(と)りたての魚の匂いがプーンと香る。
「おはよう。ムーリィ」
私は思い切り大きな声を上げた。
小舟を引き上げるのに夢中になっていたムーリィと呼ばれた海人(うみんちゅぅ)は、私たちを見て、驚いたように頭を下げる。
「こ、これはクィンツ様。おはようございます。」
「朝の漁は終わり?」
「へ、へえ」
エーシャギークは南の島だ。
だから、住人はみんな真っ黒に日焼けしているのだけれど、海人(うみんちゅぅ)らはさらに黒い。
下帯一枚でお辞儀するムーリィも真っ黒けだ。
もしここに他の海人(うみんちゅぅ)がいたら、普通なら見分けがつかないだろう。
それでも、私はキチンとムーリィを見分けられる。
以前、海で怪我した時、たまたま村の海人(うみんちゅぅ)家屋群側にいた私が、祈女(ユータ)として癒したからだ。
さすがにその時、じっくり診たのだから、個別の特徴ぐらいは、しっかり掴んでいる。
「あの時はありがとうございました。」
「祈女(ユータ)の勤めとして、当たり前の事をしただけだよ」
「は、はあ。」
そう、実際私はその時の報酬をキチンともらっている。
だから、そんなに恐縮される筋合いはない。
本当は、報酬なんてもらわなくても構わないのだけれど、それだと他の祈女(ユータ)の収益を圧迫するから、祈女(ユータ)として動く時は、私はキチンと祈女(ユータ)の報酬をもらっている。
と言っても、海人(うみんちゅぅ)からは、魚何匹かを何日かに分けて、とかなんだけれど。
あーしまった。
あれ、普通にチュチュ姐(ネーネ)に渡して、食卓にあげて食べちゃったけれど、ハーティにコメで買い取らせれば良かったな。
そうしたら、少しはこずかいになったかもしれない。
今後の課題だ。
「今日はどういう御用で。」
「お願いがあるんだけれどね。」
「私にできる事であれば。」
「トクトウム島に渡りたいの。」
「え?今日ですか?」
「うん」
トクトウム島はイヤィマ諸島の真ん中にある三つの小島の一つで、エーシャギーク島の西にある小さな島だ。
舟で出れば、風向きにもよるが、一刻ぐらいで渡れる距離だ。
半日あれば余裕で用事を済ませて往復出来る。
とはいえ、往復させれば、当然午後の漁には出られない。
「報酬は払うよぉ」
「報酬など。頂けません。」
「そうはいかないよ。漁を休ませるんだから。」
私は後ろに控えるティガに合図して包みを差し出させる。
「アワと、キビと、ヒエ、各五合ね。」
「そんなに…」
いや、大した量じゃないでしょ。
コメでもないし。
「わかりました。魚を下ろしたら、早速にでも。」
そんなやりとりをしていると、赤ん坊を背負ったムーリィの嫁が、魚を受け取りにやって来て、頭を下げる。
「く、クィンツ様、おはようございます。」
「おはよう。」
「おい、クィンツ様はトクトウムにお渡りになるそうだ。急いで魚を下ろすのを手伝ってくれ。」
「は、はい。」
舟から慌てて魚を下ろそうとする海人(うみんちゅぅ)夫婦。
そんなに焦らなくてもいいのにね。
「ティガ、手伝ってあげて。」
「ん。」
ティガの年齢は正確にはわからない。
私が2歳の時にハーティがビヤク島から連れて来たらしい。
その時が5歳ぐらいだというから、もう9歳だろうか?
体の方は、もう14、5歳ぐらいに見えるのだけれど。
以前から無口の子だけれど、この返事はないな。
などと思っていると、
「コラ!ティガ!クィンツ様に対してその態度は失礼ですよ!」
シャナが怒声を上げた。
「あ、ごめん。」
「違います。『申し訳ありません。』でしょ!」
「あ…。」
空気が凍った。
ムーリィ夫婦は身を縮めている。
さすがにウィーギィ爺(ジージ)も庇えないと思ったのかティガを睨んでいる。
「も、申し訳ありません。クィンツ様…。」
「いいわ。ティガ。アーク家に仕える者として相応しくね。」
「はい。気をつけます…。」
「じゃあムーリィたちを手伝ってあげて」
「はい。ただいま!」
うーん。
ティガは私の小さな親衛隊に含んでいなかったから、教育の対象でなかった。
ぶっちゃけハーティの主子(ウフヌン)見習い的に思っていたんだよね。
でも、考えてみれば年齢の割に体が大きいっていうのは、力技系としては貴重な存在なわけだし——特に、これからやろうとしている計画においては——主子(ウフヌン)らにしてみても、チュチュ姐(ネーネ)の補佐的な事をずっとやっていたティガは、自分らの直属という意識は極めて低いらしい。
それもあって、ウィーギィ爺(ジージ)と一緒に私がもらってしまおうと思い直したのだけれど…そうなると、今後、ティガの躾は大事だ。
ティガは体の成長が人並み外れて良いから、今回はシャナの怒声に従ったけれど、早くキッチリ躾ないと、体が大きくなって、やがて舐めて誰の言うことも聞かなくなるかもしれない。
そうなると、せっかくの有望人材を破棄する事になるから、不味いよね。
魚の入ったカゴを頭に乗せて、ムーリィたちの後をついていくティガの背中を見ながら、私はティガの躾について、少しだけ頭を悩まして見た。
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