海賊帝国の女神〜33話目「海岸にて」〜/米田

さぁてねぇ。

 

 

と、いう事で、私は、私の小さな親衛隊たちに方針を伝えてから、一旦解散させると、思うところがあって、ウィーギィ爺(ジージ)とティガ、それに祝子(ヌルン)のシャナと船着場に出かけた。

 

一方、通いの祝子(ヌルン)であるセトとウシュムには残ってもらい、普段ティガやシャナがしているチュチュ姐(ネーネ)のサポートをしてもらっている。

 

 

本当はハーティの許可を得た方がいいのだろうけれど、この時期、ハーティは主子(ウフヌン)らを連れて海に出るため、留守だった。

 

大体2ヶ月から3ヶ月ぐらいは帰ってこない。

 

その場合、留守を預かるコルセに相談すべきなのかもしれないが、正直私はコルセの監督下って訳でもないのだから、自由にさせてもらうことにした。

 

あえてだ。

 

もしかしたらウィーギィ爺(ジージ)がコルセから小言を言われ、戻って来たハーティから叱られるかもしれないが、その場合は私が庇うつもりでいる。

 

私は計画的に「良い娘」でいる事はやめていく予定だった。

 

そして、本来は、ハーティの配下であるウィーギィ爺(ジージ)やティガの支配権を、なし崩しに貰ってしまおうとも企んでいた。

 

まぁ、徐々にだけれどね。

 

 

で、船着場に来てみたのだが、案の定というか、予想通りというか、誰もいなかった。

 

まぁ、用がなければ、誰も使わない場所なのだから当然だ。

 

ただ、そこを起点として、海沿いに歩いていけば海人(うみんちゅぅ)と呼ばれる漁師たちと出会えるだろう。

 

 

船着場は海につながる河口にあって、川幅がいきなり膨らんでいる所だ。

 

ただ、海への出口はマングローブのような植物が連なっているため、狭まれ、河岸からは海は見えない。

 

そのまま、船着場からマングローブのような植物林を抜ける道をしばらく進めば、いきなり開けて海岸へと連なる。

 

ウォファム海岸だ。

 

私はいつも島の中しかうろついていないから、直接海岸を歩くような事は滅多にない。

 

だから、植物林を抜け、目の前に海が広がると、ちょっと新鮮な気持ちになる。

 

 

「クィンツ様、日陰に」

 

 

植物林を抜けると、海岸にはもう日差しを遮る植物がない。

 

だから、ウィーギィ爺(ジージ)も祝子(ヌルン)のシャナも、慌てて私の頭に大きな葉をかざしてくれる。

 

私は日差しに弱いのだからしょうがない。

 

 

太陽は、まだ南の空の真ん中に至る半分の位置にあるのだけれど、朝早く出た海人(うみんちゅぅ)の小舟は戻って来ている頃合いだろう。

 

彼らは漁(と)った魚を一度下ろして、昼飯をとってから出かけるはずだ。

 

と、村で聞いてる。

 

そして、案の定、私らが海沿いを歩いて行くと、丁度、小舟を引き上げて居た海人(うみんちゅぅ)に行き当たった。

 

漁(と)りたての魚の匂いがプーンと香る。

 

 

「おはよう。ムーリィ」

 

 

私は思い切り大きな声を上げた。

 

小舟を引き上げるのに夢中になっていたムーリィと呼ばれた海人(うみんちゅぅ)は、私たちを見て、驚いたように頭を下げる。

 

 

「こ、これはクィンツ様。おはようございます。」

 

「朝の漁は終わり?」

 

「へ、へえ」

 

 

エーシャギークは南の島だ。

 

だから、住人はみんな真っ黒に日焼けしているのだけれど、海人(うみんちゅぅ)らはさらに黒い。

 

下帯一枚でお辞儀するムーリィも真っ黒けだ。

 

もしここに他の海人(うみんちゅぅ)がいたら、普通なら見分けがつかないだろう。

 

それでも、私はキチンとムーリィを見分けられる。

 

以前、海で怪我した時、たまたま村の海人(うみんちゅぅ)家屋群側にいた私が、祈女(ユータ)として癒したからだ。

 

さすがにその時、じっくり診たのだから、個別の特徴ぐらいは、しっかり掴んでいる。

 

 

「あの時はありがとうございました。」

 

「祈女(ユータ)の勤めとして、当たり前の事をしただけだよ」

 

「は、はあ。」

 

 

そう、実際私はその時の報酬をキチンともらっている。

 

だから、そんなに恐縮される筋合いはない。

 

本当は、報酬なんてもらわなくても構わないのだけれど、それだと他の祈女(ユータ)の収益を圧迫するから、祈女(ユータ)として動く時は、私はキチンと祈女(ユータ)の報酬をもらっている。

 

と言っても、海人(うみんちゅぅ)からは、魚何匹かを何日かに分けて、とかなんだけれど。

 

 

あーしまった。

 

あれ、普通にチュチュ姐(ネーネ)に渡して、食卓にあげて食べちゃったけれど、ハーティにコメで買い取らせれば良かったな。

 

そうしたら、少しはこずかいになったかもしれない。

 

今後の課題だ。

 

 

「今日はどういう御用で。」

 

「お願いがあるんだけれどね。」

 

「私にできる事であれば。」

 

「トクトウム島に渡りたいの。」

 

「え?今日ですか?」

 

「うん」

 

 

トクトウム島はイヤィマ諸島の真ん中にある三つの小島の一つで、エーシャギーク島の西にある小さな島だ。

 

舟で出れば、風向きにもよるが、一刻ぐらいで渡れる距離だ。

 

半日あれば余裕で用事を済ませて往復出来る。

 

とはいえ、往復させれば、当然午後の漁には出られない。

 

 

「報酬は払うよぉ」

 

「報酬など。頂けません。」

 

「そうはいかないよ。漁を休ませるんだから。」

 

 

私は後ろに控えるティガに合図して包みを差し出させる。

 

 

「アワと、キビと、ヒエ、各五合ね。」

 

「そんなに…」

 

 

いや、大した量じゃないでしょ。

 

コメでもないし。

 

 

「わかりました。魚を下ろしたら、早速にでも。」

 

 

そんなやりとりをしていると、赤ん坊を背負ったムーリィの嫁が、魚を受け取りにやって来て、頭を下げる。

 

 

「く、クィンツ様、おはようございます。」

 

「おはよう。」

 

「おい、クィンツ様はトクトウムにお渡りになるそうだ。急いで魚を下ろすのを手伝ってくれ。」

 

「は、はい。」

 

 

舟から慌てて魚を下ろそうとする海人(うみんちゅぅ)夫婦。

 

そんなに焦らなくてもいいのにね。

 

 

「ティガ、手伝ってあげて。」

 

「ん。」

 

 

ティガの年齢は正確にはわからない。

 

私が2歳の時にハーティがビヤク島から連れて来たらしい。

 

その時が5歳ぐらいだというから、もう9歳だろうか?

 

体の方は、もう14、5歳ぐらいに見えるのだけれど。

 

以前から無口の子だけれど、この返事はないな。

 

 

などと思っていると、

 

 

「コラ!ティガ!クィンツ様に対してその態度は失礼ですよ!」

 

 

シャナが怒声を上げた。

 

 

「あ、ごめん。」

 

「違います。『申し訳ありません。』でしょ!」

 

「あ…。」

 

 

空気が凍った。

 

ムーリィ夫婦は身を縮めている。

 

さすがにウィーギィ爺(ジージ)も庇えないと思ったのかティガを睨んでいる。

 

 

「も、申し訳ありません。クィンツ様…。」

 

「いいわ。ティガ。アーク家に仕える者として相応しくね。」

 

「はい。気をつけます…。」

 

「じゃあムーリィたちを手伝ってあげて」

 

「はい。ただいま!」

 

 

うーん。

 

ティガは私の小さな親衛隊に含んでいなかったから、教育の対象でなかった。

 

ぶっちゃけハーティの主子(ウフヌン)見習い的に思っていたんだよね。

 

でも、考えてみれば年齢の割に体が大きいっていうのは、力技系としては貴重な存在なわけだし——特に、これからやろうとしている計画においては——主子(ウフヌン)らにしてみても、チュチュ姐(ネーネ)の補佐的な事をずっとやっていたティガは、自分らの直属という意識は極めて低いらしい。

 

それもあって、ウィーギィ爺(ジージ)と一緒に私がもらってしまおうと思い直したのだけれど…そうなると、今後、ティガの躾は大事だ。

 

ティガは体の成長が人並み外れて良いから、今回はシャナの怒声に従ったけれど、早くキッチリ躾ないと、体が大きくなって、やがて舐めて誰の言うことも聞かなくなるかもしれない。

 

そうなると、せっかくの有望人材を破棄する事になるから、不味いよね。

 

 

魚の入ったカゴを頭に乗せて、ムーリィたちの後をついていくティガの背中を見ながら、私はティガの躾について、少しだけ頭を悩まして見た。