ああ〜〜待て。
待て待て待て待て。
そうだった。
私はアーク・ハーティの娘だった。
つまり主(ウフヌ)の身内の女子であって祝女(ヌル)であった。
これは、別方面で才能を発揮するば良いとかいう以前の問題だ。
私は、才能があろうが無かろうが、祭祀を司(つかさど)らなければいけない立場であった。
一昨日の夜のマィンツの時のように、一種異常な多幸感を村人らに「与え」ないと、色々マズイ立場という事だ。
そして、その与え方によっては、村人らの捧げ物の多寡に、恐らく影響するだろう。
その時の祭りには影響しなくても、その次の祭り、また、その次と、村人らの供出量に響くのは必至だ。
多幸感をきっちり与えられないなら、捧げ物は減ると言う事だ。
それは、このアーク家、ひいては私の立場が悪くなるという意味だ。
それは…まずいな。
ん〜…。
だが…今の私は祝女(ヌル)では無い…のか?
今の私は神子(カンヌン)だった。
神子(カンヌン)なら、祝女(ヌル)的な事は免除されないだろうか?
「叔母様。私が神子(カンヌン)だとして、どうすればいいのですか?祝女(ヌル)的な事もしなければならないのでしょうか?」
「そうですね。」
マィンツは少し考えてから首を振った。
「…わかりません」
おおっと。
思いがけない回答。
でも…そうだよね。
そもそも神女(カンヌ)が何だかよくわからないんだから。
…いや、神女(カンヌ)は、どこでもいつでも祭祀が行える存在…だったか?
どこでもいつでも祭祀が行えるなら…祝女(ヌル)的な事も出来なくはないって事か。
祝女(ヌル)も祈女(ユータ)もやっている事に変わりはない。
規模が違うだけだ。
ただ祝女(ヌル)は祈女(ユータ)のように個人や家に関する事には普通は関わらないだけ。
出来ないって意味ではない。
それと同じか。
神子(カンヌン)もまた祝女(ヌル)のやる事は出来るし、アーク家には現状私しか祝女(ヌル)候補がいないのだから、私は神子(カンヌン)になろうとも、祝女(ヌル)の祭祀を行わねばならないだろう。
つまり、神子(カンヌン)だから免除なんてあり得ないって事だ。
困ったぞい。
「わからないですが、義兄様にはあなたしかいませんから、あなたが祭祀を司(つかさど)る事に変わりないでしょう。」
と、マィンツも同じ結論に達したらしい。
「とは言え、クィンツが全面的に祭祀を司(つかさど)るには、もう少し経験が必要でしょうね。」
「そ、そうです。叔母様。クーにはまだ荷が重いです。」
私の言葉にマィンツも頷いて、少し目を閉じ、何かを考えているようだった。
やがて、おもむろに目を開けると、私を見つめながら、マィンツは宣言する。
「…それでは…こうしましょう。次のナータ家の主催する祭りには、クィンツにも手伝ってもらいます。」
あっれ?
やぶ蛇?
「手伝いといえども、祭祀を司(つかさど)る経験を増やせば、早く独り立ち出来るでしょう。」
いや、独り立ちは早く無い方が良いような…。
さて、どうしたものか?
ナータ家主催の祭りで、マィンツを手伝うとなると…。
『実は私、神子(カンヌン)どころか、祈女(ユータ)の能力もロクにありません。』
て、バレてしまうだろう事は必至。
いや、バレた方がハーティとしては、早く対策が出来るから良いのか?
あれで、ハーティは柔軟性が高いから、村人対策は何とかするんじゃないのか?
例えば、ナータ家に報酬を払い続ける事になっても、損得考えて、今まで通りマィンツに祭祀をお願いするとか?
まぁ、その場合、報酬云々の問題だけでなく、ナータ家に頭が上がらない状態が続く事になる訳で、ハーティがそれを我慢出来るかどうか?というのがあるのだけれども。
一方その場合、私はどうなるのか?
早く嫁に出されるとか?
ナータ・フーズは、私を嫁に欲しがっていたんだっけ?
その場合、私の能力は関係ないのか?
可愛ければいいのか?
あるいは、能力がありそうな娘と交換とか?
と、いうか、マィンツに祭祀を引き続き行ってもらうための「報酬」が、私のフーズへの嫁入りとなったりして…。
…それは絶対にイヤだぞ!
そもそも、誰の嫁であろうと、それを絶対に回避するため、私はいち早く権力者にならなければならないのだ。
そのためには、能力ありません。などと言っている場合ではなかった。
何甘い事考えていたんだ?
この愚か者め!
能力が無ければ、高めればいい。
ああ、確か、祈女(ユータ)とか祝女(ヌル)の能力を高める方法があったはずだ。
えーとぉ…。
そうだ、御嶽(オン)巡りだ!
御嶽(オン)を巡れば『力が揚がる』とかマィンツは言っていた。
それで、マィンツの能力は高まって、空を飛び回れる程になれたのだった…よね?
だったら私も御嶽(オン)巡りをすればいいじゃないか!?
神様が私にぶつかった瞬間、どこかに去ってしまったのだというのなら、ひっ捕まえて、能力を絞り取ればいい!
そうして祭祀をつつがなく執り行い、村人らの供物量を拡大してやるのだ。
そのぐらいの気持ちがあってこそ、権力を求める者に必要なんじゃないのか?
『別方面で才能を発揮すれば』とか、逃げてどうする?
戦え私!
男なら戦うのだ。
そして私は、元々、男だろうが!
ふんぬと、私は鼻息荒く、拳を突き上げ、立ち上がっていた。
その様子をみてマィンツが笑い出す。
「あらあら、クィンツ、随分やる気ね」
「あ、これはその…。」
「やる気があるなら結構な事よ。少しでも早く祭祀を司(つかさど)れるようにおなりなさい。」
「はい。叔母様。それで相談なのですが。」
「何ですか?」
「ナータ家の祭祀を手伝うまで、御嶽(オン)巡りをしたいのですが、何か助言とかありますか?」
私の問いにマィンツは目を細めて
「それは良い考えだわ。」
と褒めてくれた。
それから、
「…ウォファム村やその周辺の御嶽(オン)を巡るなら、ガンシュ婆(バーバ)と一緒が良いでしょう。」
と、教えてくれる。
ガンシュ婆(バーバ)?…って、知ってる。
と、クィンツの記憶が教えてくれた。
例の「家内安全」とか「健康祈願」とかに唱える祈祷文を教えてくれた祈女(ユータ)だ。
小さくて、髪が白混じりのマダラで、肌が真っ黒で、顔がしわくちゃで、目付きがやたら鋭いおばさんだった。
クィンツには「怖い」というイメージしかない。
実際何かあったという訳でもなく、祈祷文を教えてくれた時も、淡々としたものだったのだが。
小さい子供は見た目だけで判断するからね。
「わかりました。クーはガンシュ婆(バーバ)と御嶽(オン)を巡ります。」
「少しでもあなたの力が揚がると良いですね。」
マィンツはニッコリして、私をホワンとさせてくれた。
私もつられてデヘヘと笑う。
いつしか外は雨が降っていた。
雷が遠くで「ゴロゴロ」鳴っているのも聞こえる。
あれ?ハヌが居ない。
寝所には私とマィンツだけが残っていた。
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