翌日は雲行きが怪しかった。
まだ雨は降ってはないが、降るのは必死だ。
これはスコールのような通り雨的なレベルではない。
マィンツたちは、本来はこの日に発って、ナータの家に戻る筈だったが、天気が回復してからという事になった。
なので、私の寝所にまだいる。
マィンツとハヌがいると、ウィーギィ爺のスペースがないので、今日もウィーギィ爺はやって来ない。
私はゴロゴロ出来ない。
辛い。
つらたんだ。
だが、つらたんすぎる…なんて事はない。
マィンツが傍にいるのだから。
ああ、ホワンとする。
…とても、祭り夜、裸で仁王立ちした人のように思えない。
と、言う事で、ゴロゴロ出来ないのはそれなりに辛いが、見合うホワンがあるから良しとしよう。
そういえば、例の祝子(ヌルン)見習いのシャナは、昨夜、両親と共に挨拶に来て、正式に祝子(ヌルン)となった。
なんと、私の初祝子(ヌルン)だ。
これは楽しくなりそうだ。
自分の家から通いで来る事になったのだが、今日はまだ来てない。
もっとも、今、シャナにまで来られたら、私の寝所は本当にキツキツになってしまう。
まぁ、女だらけのキツキツなら、私は許せるのだけれど。
ん?
というか、私は祈女(ユータ)だから、シャナは祝子(ヌルン)ではなく、祈子(ユタン)になるのではないか?
それとも私は、一応祭祀の時に舞ったから、祈女(ユータ)から祝女(ヌル)にジョブチェンジしたのだろうか?
そのあたり、はっきりとした説明を受けてない。
どっちなんだ?
…などと、考え込んでいると、
「そうそう、せっかくだから、この機会に聞いておきますけれど、クィンツ。」
と、マィンツが口を開いた。
「ハイ、叔母様。」
「引揚(ヒュク)はどうでした?」
う。
どう?と言われても…。
言葉に詰まってしまう。
どうと言う事はなかった。
とか言っていいのかな?
マィンツが続ける。
「神垂(カンダー)れ前後の事は思い出しましたか?」
ああ、そうですね。
「な、何となく。」
私の返事にマィンツが不思議そうな顔をする。
「何となくですか?」
神垂(カンダー)れ前後の記憶は、確かに思い出した。
と言っても、大した事はない。
御嶽(オン)にて、マィンツと共に祭祀の舞を練習していた記憶だ。
祭りの前日と、やっている事は差ほど変わらなかった。
あっと、祈女(ユータ)の祈祷文も思い出した。
まぁ、こちらも大した内容ではない。
「家内安全」とか「健康祈願」とかに唱える言葉だ。
4歳児が覚える程度のものだから、短いし、唱えたら、途端にどうこうなるというようなものでもない。
予想通りのガッカリ内容だったぜ。
と、話戻して、神垂(カンダー)れ前後だね。
…そうそう、舞の練習中、突然暗くなって、光の塊と出会った。
瞬間の出来事だ。
光の塊は、ススっと来て、私にぶつかって、消えた。
そこからは覚えてない。
というか、次の記憶は、この部屋で、転生した私が目覚めた記憶となる。
ティガの顔が真正面にあった、例のアレだ。
光の塊がぶつかった記憶は、なんだか非現実的だから、夢とごっちゃになったかと思った。
だから、言うのをためらったのだけれども…一応、伝えておくか。
「そういえば、光が飛んできて、クーにぶつかりました。」
「ぶつかった…だけ?」
マィンツが少し怪訝そうに私を見る。
「そうですね。ぶつかりました。それで、目が覚めたら、ここで寝ていました。」
「クィンツ…」
マィンツは考え深げに私の名を呼ぶ。
「はい、叔母様」
「その…声とかは、聞かなかったのですか?」
「声…ですか?」
はて、叔母様は珍妙な事を尋ねなさる。
「いいえ。聞いていません。」
「んん〜…。」
マィンツは少し困ったような顔をする。
「クィンツは、よく神様からあれこれ教わりますよね。」
「え…あぁ。まぁ、そうです。」
「なのに、神垂(カンダー)れの時、神様の声を聞かなかったのですか?」
え?声って神様のなの?
「え、あ…神垂(カンダー)れの時は…特に…。」
「そうですか…大概は、声を聞くのですが。」
うむ。なんかヤバそうだから、話しを誤魔化そう。
「叔母様は聞かれたのですか?」
「そうですね。」
「何と?」
「先日の祭りの舞の時の歌…あれなどは、神様から教わったものです。」
え?そうなの?
なんでもマィンツの説明によると、御嶽(オン)の祭祀に関わる歌や言葉は、歴代の祝女(ヌル)が神垂(カンダー)れ時に聞き出した集大成らしい。
全部が全部というわけではないらしいが。
そうやって神様から聞いた歌や言葉をお互いが伝え合う事で、祈女(ユータ)や祝女(ヌル)たちは、地域や神の別を越えた、様々な御嶽(オン)で活動が出来るらしい。
そうでないと、いくら祈女(ユータ)や祝女(ヌル)と言っても、活動範囲が決まってしまうのだそうだ。
だから、私も、神様から歌や言葉を聞いたら他の祈女(ユータ)や祝女(ヌル)に教える義務があるんだとか。
でも、私は、聞いてないんだから仕方がない…。
覚えなかった可能性は高いけれど。
テヘペロ。
「叔母様、もしも、クーが忘れてしまっている場合、どうなるんですか?」
「あり得ないです。」
「あり得ない…のですか?」
「引揚(ヒュク)されたのであれば、必ず思い出します。思い出さないのだとしたら、聞いてないのでしょう。」
あ、そこは信じるんだ。
「それに、光とぶつかったのですよね?」
「え?あ?はい。」
「それは神代(カヌ)った示しです。」
「神代(カヌ)った示し?」
神代(カヌ)るとか、何とかは、以前も聞いたな。
なんだっけ?
ああ、私が「神代(カヌ)られている」とかなんとか、マィンツがハーティに言っていたような気がする。
「神代(カヌ)った示しって何ですか?」
「神様が、あなたに降りたと言う事ですよ。」
え?降りた?
シャーマン的な何かか?
「祈女(ユータ)にしろ、祝女(ヌル)にしろ、神代(カヌ)られるのは一つの目標です。神代(カヌ)られ、神様に気に入られれば、神女(カンヌ)に至れるからです。」
え?祈女(ユータ)や祝女(ヌル)以外のジョブがあったの?
神女(カンヌ)?
魔法使いと僧侶の両方の力が使えるのが賢者みたいな、そんな感じ?
あ、いや、祈女(ユータ)にしろ祝女(ヌル)にしろやっている事は同じか。
祈女(ユータ)が民間業者で、祝女(ヌル)が官営みたいなものだっけ?
とすると、神女(カンヌ)って、どこに当てはまるんだ?
というか、それより何より…。
「それじゃぁ、クーは神女(カンヌ)になったのですか?」
マィンツはニッコリ笑って首を振った。
「いいえ。まだ、神様に気に入られたのかどうかがわかりませんから。」
「それじゃぁ、私は祈女(ユータ)なのですか?」
「それも、微妙ですね。強いて言うなら…神子(カンヌン)でしょうか?」
神子(カンヌン)?
ああ、神女(カンヌ)見習いだから神子(カンヌン)になるのか。
あれ?
「私が神子(カンヌン)の場合、シャナは何になるんですか?神子(カンヌン)見習いですか?」
「いいえ、クィンツ。神子(カンヌン)は神代(カヌ)られなければ、立てられませんから、シャナは見習いという事はありません。シャナはあくまで祝子(ヌルン)です。」
う〜ん。
なんか体系的に難しいなあ。
祝子(ヌルン)は祝女(ヌル)の助手(サポート役)だが、主(ウフヌ)や頭(ブリャ)に連なり、身内になる事で祝女(ヌル)になる。
逆に言えば主(ウフヌ)や頭(ブリャ)一族の嫁候補という側面がある。
もともと主(ウフヌ)や頭(ブリャ)の一族の者、特に妹なら、その時点で祝子(ヌルン)なのだけれど。
でも、そうした方策も最近の話しらしい。
もともとは全部祈女(ユータ)だ。
その時々で、祭りの司(つかさ)になった者を祝女(ヌル)と呼んでいたという。
祭りが終われば、祝女(ヌル)は祈女(ユータ)に戻る。
頭(ブリャ)や主(ウフヌ)の影響力が多岐にわたり、その妹とか身内が恒常的に祭りを司(つかさど)るようになったから、常設の祝女(ヌル)が生まれたのだ。
だから呼び方も役割も、そのうちまた変わるかもしれない。
それにマィンツだって「強いて言えば」とか言っていたぐらいなんだから、神子(カンヌン)なんて広く使われている言葉ではなさそうだ。
それで、ああ、そうそう。
「神女(カンヌ)というのは、祝女(ヌル)とも違うのですね?何が違うのですか?」
「祝女(ヌル)は頭(ブリャ)や主(ウフヌ)主催の祭祀を司(つかさど)りますが、神女(カンヌ)は祭祀そのものです。」
はい?
またややこしい説明だよ。
「祭祀そのもの?」
「普通、祭祀というのは聖別された場所で行われます。」
「御嶽(オン)とか?」
「そうですね。あとは、祈女(ユータ)は場合によっては祈りの場所を聖別して祭祀を行います。」
「個人とか家とかに関わる祭祀ですね。」
「そうです。それが普通。」
「神女(カンヌ)は違うのですか?」
「神女(カンヌ)は存在自体が聖別されていますから、どこでもいつでも祭祀が行えるのです。」
おおっと、それはチートじゃないか。
「と、聞いています。」
あれ?
「聞いている?」
「私は神女(カンヌ)にお会いした事がありません。」
マィンツは少し残念そうな顔をした。
祭祀に関しては何でも知っていそうなマィンツだけに、それはちょっとビックリだ。
「神女(カンヌ)ってそんなに珍しいのですか?」
「珍しいというか…神女(カンヌ)に至った人の話しを聞いた事がありません。」
「ええ?でも叔母様、先ほど、神代(カヌ)った示しだって…。」
「神代(カヌ)られる事はあります。祭祀の時などは私でもあります。」
「じゃあ、叔母様も神子(カンヌン)ですか?」
「そうではありません。ほとんどの場合、神代(カヌ)られても、神様はすぐ出て行かれてしまいますから。」
んんんん?
「それではクーからも神様はすぐ出て行かれたのでは?」
「神様が出て行かれたように感じますか?」
ええええ?
神代(カヌ)られたって自覚もないんだから、出て行ったかどうかわからないよ。
「大丈夫。あなたは神代(カヌ)られたままです。」
「何故わかるのですか?」
「何故なら、神垂(カンダー)れ前のあなたと、今のあなたとは、全然違うからです。」
ドッキーーーーンと心臓が高鳴った。
「クィンツ。もともとあなたは、クィンツ…つまりあなたの母親ですね。そのあなたの母親の血を濃く引いて、賢い子でした。でも、今のあなたは、まるで別人です。」
「…え、あ、その。」
「塩の事もそうならば、木綴(キトジ)の事もそうです。子供が思い至るモノではありません。」
「それは、その…。」
「神様のお告げなのでしょ?」
「え、はい。」
「神様のお告げを受けるのは、神代(カヌ)られている時だけです。」
そ、そうなのか。
「それに、喋り方、仕草。態度。とても4歳児とは思えません。あなたの話しぶりはまるで大人です。」
あ〜…う〜…中身がオッサンですから…。
「あなたと話していると、まるでソゥラヴィ様かそれ以上の知恵者と話しているようです。」
んん?
また出たよソゥラヴィ…。
「それでは叔母様、クーはまだ神代(カヌ)られていると?」
「そうです。」
そうかな?
私は違うと思う。
だって、私が以前のクィンツと違うのは、転生した私が目覚めたからだ。
塩の事も木綴(キトジ)の事も、神様のせいににはしたけれど、実際は関係ない。
前世の私が思いついた事だ。
光の塊にぶつかった夢見たいな記憶が、神代(カヌ)った示しだとしても、その神様はどこに行ったのだろう?
ぶつかった瞬間、去ってしまったのでは無いだろうか?
それとも、ぶつかったあの光は、前世の私の魂的なモノだった。という事だろうか?
私は私に打たれて神垂(カンダー)れたのだろうか?
だが、マィンツは私と一緒に神に打たれて神垂(カンダー)れと成った。
その神垂(カンダー)れが、前世の私の魂的なもののせいだとしたのなら、マィンツにも前世の私の影響、記憶とか?があっても良いはずだ。
だが、マィンツの様子からは、それはどうも無いらしい。
で、あるなら、神垂(カンダー)れまでは、神様的な影響はあったし、光にぶつかったのも神代(カヌ)った示しだったとしても、やっぱりぶつかった瞬間、去ってしまったと考えた方が合理的な気がする。
あれ?
神様的なものが私に影響を与えていないなら、私は神子(カンヌン)でも祝女(ヌル)でも、祈女(ユータ)でも無いんじゃないのか?
ただの、前の世界での、オッサンの記憶があるだけの幼女じゃないか?
それは、ちょっとばかり、まずいかも。
あ、いや。
祈女(ユータ)とか祝女(ヌル)とか、あまり期待してなかったからいいか。
…て、マィンツが空を舞っているのを見るまではだけれど。
あれを見たら…ちょっと期待したんだけれど。
う〜ん。
とにかく、マィンツの予想を裏切る形にはなるけれど、私は神子(カンヌン)ではないだろう。
つまり神女(カンヌ)になる事はない。
でも、神代(カヌ)っているって思われているのはどうしようか?
どこかで神様が出て行きました。とでも言えばいいか。
昔天才、今凡人見たいな事例は、いくらでもあるからね。
子供自体だは神代(カヌ)っていたけれど、大人になる前に普通に戻りましたと。
…ってわけにはいかなかった。
私には、大いなる野心があったのだ。
大人になっても、普通って訳にはいかない。
まあ、別方面で才能を発揮するって方向で調整するしかないようだが。
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