海賊帝国の女神〜23話目「祭り/その2」〜/米田

マィンツに率いられて、100人以上の女たちが御嶽(オン)に入っていく。

 

周囲に配置された松明に火がつけられ、暗い御嶽(オン)がうっすら浮かび上がる。

 

中央の御石の根元に積まれた薪にも火がつけられる。

 

最初パチパチと小枝が燃える音がしたかと思ったら、火は勢いよく立ち上った。

 

 

おお、キャンプファイアーだ。

 

 

御石の周囲に並べられた平らな形の石の上には、村人らが捧げた供物の一部が並べられ、いかにも儀式場という感じだ。

 

火には先ほどウィーギィ爺が説明してくれた高草(タカソ)が焚(く)べられているのだろう。

 

少し珍妙な香りが立ち込めて来る。

 

 

女たちは並べられている供物から、さらに数メートル距離をとって、御石を囲うように座り始める。

 

 

御嶽(オン)の入り口近くに置かれた、大きなカメから、何かが椀に酌まれ、座っている女たちに回されている。

 

女たちは、それをゴクゴク飲む。

 

匂いからして…酒のようだ。

 

 

握り飯も回って来る。

 

私はそれを御石の正面方向に座って頬張る。

 

 

特に何かがあるわけでもなく、みな静かに御石の根元から燃え上がる火を見つめ、酒を飲み、握り飯を頬張っている。

 

誰も喋らない。喋ってはいけない雰囲気だ。

 

なんだか、心臓がドキドキし始めた。

 

すごく緊張する。

 

 

マィンツの合図で奉納の舞が始まるのだけれど、それがいつなのかわからない。

 

すぐのような気もするし、ずっと先のような気もする。

 

そのせいか、気を休めない。

 

 

私はマィンツを探すが、マィンツは見えない。

 

祝子(ヌルン)たちも見えない。

 

傍には、祝子(ヌルン)見込みのシャナが居るだけだ。

 

 

あれ?

 

そういえば、チュチュ姐(ネーネ)もいないな。

 

臨月近いから、御嶽(オン)の祭祀には参加しないのだろうか?

 

 

さらに時間が経つ。

 

 

緊張の糸が途切れて来た。

 

なんだか、頭が惚けた感じだ。

 

周りの女たちも、酒に酔って来たのか、誰も目がトロンとしている。

 

 

その時、シャラリーンと鈴音が響いた。

 

皆、ハッとして、背筋を伸ばす。

 

 

いつの間にか、マィンツが御石の前に立っていた。

 

本当にいつの間にかだ。

 

入って来て立つ所なんか見てない…と思う。

 

 

「さ、クィンツ様」

 

 

と、傍で祝子(ヌルン)のニャクチャに促される。

 

あれ?

 

ニャクチャも、何時からそこにいたんだ?

 

その上、私の手足には、祭祀用の鈴が取り付けられているじゃないか。

 

何時の間に?

 

魔法にでも掛かったような気分だ。

 

 

ハヌがシャナに手持ちの鐘を渡して何やら言っている。

 

私はその様子を横目で見ながら、ニャクチャに連れられ、マィンツの傍に立つ。

 

 

マィンツは、私を置いた祝子(ヌルン)たちが、それぞれ持ち場に立つのを待って、声を上げた。

 

 

「イリキヤアマリ神よ、火食の神よ。我らの声、我らの願いをお聞き頂き、今期も過分のお恵みを、大いに賜られた事を、我ら真に感激し、心の真ん中より感謝申し上げまする。」

 

「今宵我ら、あなた様の溢れるお恵みに、心の真ん中よりの感謝を示すため、恐れ多くも畏みも、あなた様に歌と舞いをお捧げ致し上げまする。」

 

「どうか我らのあなた様への信心を受け入れ、世が移り変わろうとも、世代を経ようとも、いついつまでも変わらぬ豊まれのお恵みを、何卒(なにとぞ)何卒(なにとぞ)我らと我らが子孫らに、厚く厚く、賜り下さいませ。」

 

 

マィンツは御石に向かい深く、深く頭を下げる。

 

私も、見よう見まねで頭を下げる。

 

マィンツがゆっくり頭を上げ、大扇子を持った両手を高々と上げると、私も、同じように私サイズに調整した扇子を高々とあげた。

 

マィンツが歌い始める。

 

私も歌い始める。

 

大人と子供の唄声が、交わりながら周囲に広がると、笛の音がゆっくり流れ出す。

 

 

マィンツが笛の音に合わせて動く。

 

私も動く。

 

手足についた鈴の音がシャラーンと鳴る。

 

カーンと、シャナの手にある鐘が響く。

 

マィンツは歌いながら、舞いながら、御石の周囲をゆっくり巡る。

 

私はそれに合わせつつも、逆方向で御石をゆっくり巡る。

 

 

やばい緊張する。

 

 

御石の裏で交わって、それから御石の前に巡り行く。

 

一周巡ると、鐘がなり、笛のテンポが上がる。

 

舞のスピードも上がる。

 

ここで、最初の舞と振り付けが微妙に変わるのだ。

 

そして御石の周りを巡る。

 

二周目、三周目。

 

私が舞うのはここまでだ。

 

 

舞いながら、私は、元に居た場所に戻る。

 

それからゆっくり振り向いて、御石の方を見つめる。

 

マィンツが舞っている。

 

激しく荒く。

 

 

すかさず近くに居た女の人が椀を差し出す。

 

ゴクリと飲むと、うわぁ、やっぱり酒だ。

 

しかもあまりう美味くない。

 

4歳児に飲ませるもんじゃないだろ?

 

でも、もう一口飲むけれどね。

 

 

ふわりとマィンツの体が宙に浮く。

 

浮く。

 

高く。

 

人の背より遥かに高く。

 

 

うぉぉおお。

 

と歓声が起こる。

 

いつしか女たちは皆立っている。

 

笛の音に合わせて体をくねらしている。

 

踊っている。

 

 

体が熱い。

 

 

異様な熱気が御嶽(オン)に満ちている。

 

熱いのはそのせいなのか?

 

 

マィンツは空中で舞っている。

 

時折、地上に足を付けるが、ほとんど空中にいる。

 

手にした扇子が大きく開き、まるで飛んでいるようだ。

 

 

熱い。

 

 

汗が流れる。

 

笛の音は激しく、鐘はテンポよく、鈴の音は清らかに、終わる事はない。

 

空中のマィンツが何かを投げた。

 

細くて長いモノが、ふわりと空中から舞い落ちて来る。

 

 

腰帯だ。

 

マィンツの帯だ。

 

 

それにあわせて、女たちも帯を解き、投げ捨てる。

 

 

え?

 

 

私は、目をパチクリさせる。

 

 

何?

 

脱ぐの?

 

脱ぐつもりなの?

 

 

再び、ふわりと空中から何かが舞い落ちる。

 

 

マィンツの衣だ。

 

 

ええ?

 

裸?

 

裸なの?

 

叔母さん、裸で舞っているの?

 

 

見上げると、美しい裸体が舞っている。

 

 

うっそぉん。

 

 

周りの女たちも衣を投げ捨てる。

 

 

皆、スッポンポンだ!

 

女スッポンポン祭りだ!

 

 

鐘の音が一層激しくなった。

 

 

裸の女たちが汗だくになって、体を揺らし、踊る。

 

踊り狂う。

 

 

私も一応、場の空気に合わせて踊っては居たが、裸になるのは躊躇していた。

 

と、マィンツが空から降りて来て、私の帯を解き始める。

 

 

「ほら、クィンツ!裸になるのよ」

 

 

微笑みながらキツイ声で命じられたら、歯向かう事も出来ない。

 

なんだか、とほほな気持ちで私は衣を脱いだ。

 

 

とたんに、何かが頭に弾けた。

 

私は、真っ白な空間に浮かんでいた。

 

上も下も、前も、後ろも、右も、左も、真っ白だ。

 

 

「クィンツ!踊るのよ!」

 

 

マィンツの声が響く。

 

どこから?

 

よくわからない。

 

笛の音も鐘の音も鈴の音の聞こえる。

 

私は音に合わせて体を揺らし、踊る。

 

訳もわからず、踊り狂う。

 

 

白い空間はいつしか白い空間ではなく、黒い空間になっていた。

 

黒い?

 

いや、濃い紺色と言うべきか?

 

星が光っている。

 

夜空だ。

 

夜空の中を踊っているのだ。

 

 

さっき白いと思ったものは、夜空半分も占めるお月様だった。

 

月はどんどん小さくなり、夜空がどんどん広がる。

 

 

と、足元から丸い球体が近づく。

 

 

ああ、あれは私らが住んでいる星だ。

 

地球だ。

 

あ、いや、ここは異世界だから、地球じゃないか?

 

 

球体は青く光っている。

 

大気が反射しているのだ。

 

うねうねした雲が、所々浮いている。

 

なんと美しい。

 

 

いつしか球体は世界の半分を占め夜空はその上半分を、月はその一角で輝いていた。

 

 

世界が回る、ぐるぐるぐる。

 

 

なんだかよくわからないが、気分は素晴らしく高揚している。

 

 

気持ちいい!

 

最高だ!

 

 

私は今、宇宙から地上に降り立とうとしているのだ。

 

 

世界は素晴らしいモノで満ちている。

 

感謝の気持ちで一杯だ。

 

ああ、なんて幸せなんだ。

 

 

私は踊り狂う。

 

 

気がつくと、女たちと踊っていた。

 

体が熱い。

 

少しも疲れない。

 

汗をダクダクかきながら踊っている。

 

永遠に踊り続けてもいい気分だ。

 

 

だが、鐘がカーンと大きく響いたかと思えば、全ての音色が消えた。

 

体が止まる。

 

息を激しく吸い吐きしている。

 

誰もが裸のまま、ぼーっと立っている。

 

いや、何故かモジモジしている人が多い。

 

何か物足りないのだ。

 

 

いつの間にか、マィンツが御石の前にいた。

 

裸のまま、足を広げ、手を腰に当て、目はギラギラ光らせ、口元を大きく歪ませ、雄々しく立っていた。

 

仁王立ちだ。

 

 

マィンツってこんなキャラだっけ?

 

 

汗だろうか?

 

体中がキラキラ光っているぞ。

 

なんだか神々しい。

 

 

そんなマィンツが、腰に当てていた左手を前に突き出し、私を招いた。

 

 

「さぁ、クィンツ、引揚(ヒュク)するわよ!」