マィンツに率いられて、100人以上の女たちが御嶽(オン)に入っていく。
周囲に配置された松明に火がつけられ、暗い御嶽(オン)がうっすら浮かび上がる。
中央の御石の根元に積まれた薪にも火がつけられる。
最初パチパチと小枝が燃える音がしたかと思ったら、火は勢いよく立ち上った。
おお、キャンプファイアーだ。
御石の周囲に並べられた平らな形の石の上には、村人らが捧げた供物の一部が並べられ、いかにも儀式場という感じだ。
火には先ほどウィーギィ爺が説明してくれた高草(タカソ)が焚(く)べられているのだろう。
少し珍妙な香りが立ち込めて来る。
女たちは並べられている供物から、さらに数メートル距離をとって、御石を囲うように座り始める。
御嶽(オン)の入り口近くに置かれた、大きなカメから、何かが椀に酌まれ、座っている女たちに回されている。
女たちは、それをゴクゴク飲む。
匂いからして…酒のようだ。
握り飯も回って来る。
私はそれを御石の正面方向に座って頬張る。
特に何かがあるわけでもなく、みな静かに御石の根元から燃え上がる火を見つめ、酒を飲み、握り飯を頬張っている。
誰も喋らない。喋ってはいけない雰囲気だ。
なんだか、心臓がドキドキし始めた。
すごく緊張する。
マィンツの合図で奉納の舞が始まるのだけれど、それがいつなのかわからない。
すぐのような気もするし、ずっと先のような気もする。
そのせいか、気を休めない。
私はマィンツを探すが、マィンツは見えない。
祝子(ヌルン)たちも見えない。
傍には、祝子(ヌルン)見込みのシャナが居るだけだ。
あれ?
そういえば、チュチュ姐(ネーネ)もいないな。
臨月近いから、御嶽(オン)の祭祀には参加しないのだろうか?
さらに時間が経つ。
緊張の糸が途切れて来た。
なんだか、頭が惚けた感じだ。
周りの女たちも、酒に酔って来たのか、誰も目がトロンとしている。
その時、シャラリーンと鈴音が響いた。
皆、ハッとして、背筋を伸ばす。
いつの間にか、マィンツが御石の前に立っていた。
本当にいつの間にかだ。
入って来て立つ所なんか見てない…と思う。
「さ、クィンツ様」
と、傍で祝子(ヌルン)のニャクチャに促される。
あれ?
ニャクチャも、何時からそこにいたんだ?
その上、私の手足には、祭祀用の鈴が取り付けられているじゃないか。
何時の間に?
魔法にでも掛かったような気分だ。
ハヌがシャナに手持ちの鐘を渡して何やら言っている。
私はその様子を横目で見ながら、ニャクチャに連れられ、マィンツの傍に立つ。
マィンツは、私を置いた祝子(ヌルン)たちが、それぞれ持ち場に立つのを待って、声を上げた。
「イリキヤアマリ神よ、火食の神よ。我らの声、我らの願いをお聞き頂き、今期も過分のお恵みを、大いに賜られた事を、我ら真に感激し、心の真ん中より感謝申し上げまする。」
「今宵我ら、あなた様の溢れるお恵みに、心の真ん中よりの感謝を示すため、恐れ多くも畏みも、あなた様に歌と舞いをお捧げ致し上げまする。」
「どうか我らのあなた様への信心を受け入れ、世が移り変わろうとも、世代を経ようとも、いついつまでも変わらぬ豊まれのお恵みを、何卒(なにとぞ)何卒(なにとぞ)我らと我らが子孫らに、厚く厚く、賜り下さいませ。」
マィンツは御石に向かい深く、深く頭を下げる。
私も、見よう見まねで頭を下げる。
マィンツがゆっくり頭を上げ、大扇子を持った両手を高々と上げると、私も、同じように私サイズに調整した扇子を高々とあげた。
マィンツが歌い始める。
私も歌い始める。
大人と子供の唄声が、交わりながら周囲に広がると、笛の音がゆっくり流れ出す。
マィンツが笛の音に合わせて動く。
私も動く。
手足についた鈴の音がシャラーンと鳴る。
カーンと、シャナの手にある鐘が響く。
マィンツは歌いながら、舞いながら、御石の周囲をゆっくり巡る。
私はそれに合わせつつも、逆方向で御石をゆっくり巡る。
やばい緊張する。
御石の裏で交わって、それから御石の前に巡り行く。
一周巡ると、鐘がなり、笛のテンポが上がる。
舞のスピードも上がる。
ここで、最初の舞と振り付けが微妙に変わるのだ。
そして御石の周りを巡る。
二周目、三周目。
私が舞うのはここまでだ。
舞いながら、私は、元に居た場所に戻る。
それからゆっくり振り向いて、御石の方を見つめる。
マィンツが舞っている。
激しく荒く。
すかさず近くに居た女の人が椀を差し出す。
ゴクリと飲むと、うわぁ、やっぱり酒だ。
しかもあまりう美味くない。
4歳児に飲ませるもんじゃないだろ?
でも、もう一口飲むけれどね。
ふわりとマィンツの体が宙に浮く。
浮く。
高く。
人の背より遥かに高く。
うぉぉおお。
と歓声が起こる。
いつしか女たちは皆立っている。
笛の音に合わせて体をくねらしている。
踊っている。
体が熱い。
異様な熱気が御嶽(オン)に満ちている。
熱いのはそのせいなのか?
マィンツは空中で舞っている。
時折、地上に足を付けるが、ほとんど空中にいる。
手にした扇子が大きく開き、まるで飛んでいるようだ。
熱い。
汗が流れる。
笛の音は激しく、鐘はテンポよく、鈴の音は清らかに、終わる事はない。
空中のマィンツが何かを投げた。
細くて長いモノが、ふわりと空中から舞い落ちて来る。
腰帯だ。
マィンツの帯だ。
それにあわせて、女たちも帯を解き、投げ捨てる。
え?
私は、目をパチクリさせる。
何?
脱ぐの?
脱ぐつもりなの?
再び、ふわりと空中から何かが舞い落ちる。
マィンツの衣だ。
ええ?
裸?
裸なの?
叔母さん、裸で舞っているの?
見上げると、美しい裸体が舞っている。
うっそぉん。
周りの女たちも衣を投げ捨てる。
皆、スッポンポンだ!
女スッポンポン祭りだ!
鐘の音が一層激しくなった。
裸の女たちが汗だくになって、体を揺らし、踊る。
踊り狂う。
私も一応、場の空気に合わせて踊っては居たが、裸になるのは躊躇していた。
と、マィンツが空から降りて来て、私の帯を解き始める。
「ほら、クィンツ!裸になるのよ」
微笑みながらキツイ声で命じられたら、歯向かう事も出来ない。
なんだか、とほほな気持ちで私は衣を脱いだ。
とたんに、何かが頭に弾けた。
私は、真っ白な空間に浮かんでいた。
上も下も、前も、後ろも、右も、左も、真っ白だ。
「クィンツ!踊るのよ!」
マィンツの声が響く。
どこから?
よくわからない。
笛の音も鐘の音も鈴の音の聞こえる。
私は音に合わせて体を揺らし、踊る。
訳もわからず、踊り狂う。
白い空間はいつしか白い空間ではなく、黒い空間になっていた。
黒い?
いや、濃い紺色と言うべきか?
星が光っている。
夜空だ。
夜空の中を踊っているのだ。
さっき白いと思ったものは、夜空半分も占めるお月様だった。
月はどんどん小さくなり、夜空がどんどん広がる。
と、足元から丸い球体が近づく。
ああ、あれは私らが住んでいる星だ。
地球だ。
あ、いや、ここは異世界だから、地球じゃないか?
球体は青く光っている。
大気が反射しているのだ。
うねうねした雲が、所々浮いている。
なんと美しい。
いつしか球体は世界の半分を占め夜空はその上半分を、月はその一角で輝いていた。
世界が回る、ぐるぐるぐる。
なんだかよくわからないが、気分は素晴らしく高揚している。
気持ちいい!
最高だ!
私は今、宇宙から地上に降り立とうとしているのだ。
世界は素晴らしいモノで満ちている。
感謝の気持ちで一杯だ。
ああ、なんて幸せなんだ。
私は踊り狂う。
気がつくと、女たちと踊っていた。
体が熱い。
少しも疲れない。
汗をダクダクかきながら踊っている。
永遠に踊り続けてもいい気分だ。
だが、鐘がカーンと大きく響いたかと思えば、全ての音色が消えた。
体が止まる。
息を激しく吸い吐きしている。
誰もが裸のまま、ぼーっと立っている。
いや、何故かモジモジしている人が多い。
何か物足りないのだ。
いつの間にか、マィンツが御石の前にいた。
裸のまま、足を広げ、手を腰に当て、目はギラギラ光らせ、口元を大きく歪ませ、雄々しく立っていた。
仁王立ちだ。
マィンツってこんなキャラだっけ?
汗だろうか?
体中がキラキラ光っているぞ。
なんだか神々しい。
そんなマィンツが、腰に当てていた左手を前に突き出し、私を招いた。
「さぁ、クィンツ、引揚(ヒュク)するわよ!」
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