海賊帝国の女神〜22話目「祭り/その1」〜/米田

食事の後は自分の家屋にもどって、昨夜の続き。歌の稽古。

 

稽古というか復習みたいなものだが。

 

 

本当は、歌も舞も御嶽(オン)でしか披露してはダメらしい。

 

稽古でもダメだとの事。

 

ただし、歌詞とメロディを別々に諳(そら)んじるなら辛うじてセーフなんだそうだ。

 

 

ややこしい。

 

 

歌詞とメロディを教われば、思わず一緒に諳(そら)んじてしまうじゃないか。

 

 

「クィンツ様、ダメです!」

 

 

と、何度もニュニュやハヌに注意されてしまった。

 

 

しかし、マィンツらのおかげで、歌に関して私は一応合格をもらえた。

 

合格を出したのもマィンツだけれども。

 

実際本当に大丈夫かどうかは、現場でしかわからない。

 

とはいえ、今回はマィンツが祭祀を司っているので、私は補助というか、真似事をするだけだ。

 

なので、私が歌や舞を少々間違えようがどうだろうが、そんなに問題はないはず。

 

 

あと祭りの時に行うと言っていた引揚(ヒュク)に関しては、祭りの状況次第。タイミングで行うと言う。

 

 

なんかテキトーだな。

 

 

「他の祈女(ユータ)や祝女(ヌル)が引揚(ヒュク)を手伝うのは、最初の神垂(カンダー)れ明けのみです。次に神垂(カンダー)れに恵まれても、失われるのは直前の記憶なので、それまでに行っていた引揚(ヒュク)の記憶はあるはずですから、自分自身で引揚(ヒュク)を行うのです。」

 

 

と、マィンツ。

 

これは、二回目の神垂(カンダー)れに恵まれた段階で、周囲より霊的に高まってしまい、引揚(ヒュク)出来る者が居なくなってしまう場合があるため。でも、あるらしい。

 

なお自分で自分を引揚(ヒュク)しろという事だが、そもそも神垂(カンダー)れという神様からのお恵みは、祈女(ユータ)にしろ祝女(ヌル)にしろ、そうそう無いとの事。

 

 

「私も先日で2回目です。」

 

 

とマィンツが教えてくれた。

 

先日というのは、私と稽古中に共に打たれたという、アレだ。

 

自分で自分を引揚(ヒュク)した結果、力は揚がったのか?と言えば、多分という。

 

それまでにあちこちの御嶽(オン)を巡っているので、力の揚がり具合にはそれなりに自覚はあるそうだが、それに加えて引揚(ヒュク)した結果、それが力の揚がり全体のどれぐらいに影響しているかまでは、わからないと言う。

 

 

「今夜が楽しみですです。」

 

 

とマィンツがニマっとする。

 

今夜とはもちろん、祭りの事だ。

 

祝女(ヌル)は祭祀においてこそ、力が顕著化するという。

 

 

と、私たちがそんな打ち合わせ的な事をしている間、村人たちは、それぞれの捧げ物をせっせと御嶽(オン)の御庭に運び込んでいるらしい。

 

ハーティたちも、その監督に出かけている。

 

やがて、私が眠くて眠くてたまらない状態の昼ごろ、やっと寝ても良いとマィンツ様のお許しが出た。

 

 

ああ、神様、仏様、マィンツ様。

 

 

私は眠らせてもらえる喜びに打ち震えながら、自分のゴザの上にコテンと倒れてあっという間に意識を飛ばす。

 

 

 

そして日が傾く頃となった。

 

 

私は自分の寝所で体を洗わせられ、母屋の鏡の前で支度させられる。

 

例によって髪を団子にされ、真っ白な着物を着せられ、あれこれメイクされ、ガチャガチャ装飾品が付けられた。

 

先日と違うのは、上掛とハチマキみたいなものが付けられない所だ。

 

 

マィンツも、マィンツの祝子(ヌルン)たちであるニュニュもハヌも、それから、昨日御嶽(オン)で稽古している時に選ばれたシャナも同じ格好だ。

 

 

この三人は、ハーティの鏡とは初対面だったから、一様に驚いた表情をした。

 

特にシャナは、それまで本当に普通の村娘で、水鏡ぐらいでしか自分の姿を見た事が無かったらしい。

 

目が落ちんばかりの勢いで鏡を見入っていた。

 

 

ちなみに年齢は10歳という事で、可愛い盛りである。

 

おじさん微笑んでしまうよ。

 

おじさんじゃないけれど。

 

 

 

空が真っ赤で、日が沈んだのかどうかという頃、私たちは屋敷群を出た。

 

私たちというのは、ハーティ、ハーティの主子(ウフヌン)であるコルセ、マィンツ、マィンツの祝子(ヌルン)であるニャクチャ、ハヌ、祝子(ヌルン)見込みのシャナ、ウィーギィ爺、チュチュ姐(ネーネ)、ティガ、ティガの背中の私の10人だ。

 

こんなに一斉に屋敷を離れるのは初めてなんだけれど、大丈夫だろうか?

 

戸締りという概念があるのかないのか?出かけるに当たって鍵を掛けた様子はない。

 

というか、鍵そのものが無いようだ。

 

まぁ、みんな平気のようだから、大丈夫なんだろう。多分。

 

 

コルセが布に包んだ何かを背負っている。

 

なんだか大きいモノだけれど、何だろう?祭祀に使うものだろうか?

 

まぁ、祭りになれば、分かるだろうから、さほど気にしなくてもいいか。

 

 

ティガの背中に揺られて空を見上げれば、その美しさに見惚れてしまうほどの夕焼けであった。

 

私は感動し、それだけで気持ちが高まる。

 

 

 

私たちが最初に向かったのは、先日、ハーティが塩を村人らに配った田んぼだった。

 

刈り入れが終わり、人々が集まるにはちょうど良い広場になっている為か、よく利用される。

 

田んぼには、先日以上に大勢の人々が集まっていた。

 

先日は男ばかりだったが、今回は女性や子供らも含まれている。

 

大体2〜300人ぐらいか?

 

 

私たちが近づくと、少しばかり歓声が上がった。

 

なかなか人気モノである。

 

田んぼを囲う畔の一辺に私たちは並ぶ。

 

 

ん?クィンツたちが居ない。どこ行った?

 

 

キョロキョロ探しているうちに、畔の上にある小さな台にハーティが昇った。

 

ざわついていた声が静まる。

 

 

「村の衆!よくぞ集まった」

 

 

ハーティが大声を上げる。

 

 

「今宵は待ちに待った祭りである。」

 

「豊穣の恵をイリキヤアマリ様に捧げ、次なる豊穣を約して頂く貴重な夜である!」

 

 

ハーティはここで一旦息を吸い、村人らの顔を見回す。

 

 

「さぁ!火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

 

ハーティの掛け声に合わせ、村人らも声を張り上げた。

 

 

「火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

「火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

「火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

 

村人らは繰り返し言葉を繰り返す。

 

まるで何かの呪文のようだ。

 

 

村人らの背後に明かりが灯った。

 

いつのまにかマィンツが松明をかざして立っている。

 

祝子(ヌルン)たちも松明を持ってマィンツの後ろに控えていた。

 

人々の群れが二つに割れる。

 

マィンツら一行が割れた間を静かに進んで来る。

 

村人らが火が付いてない松明を一行に向けると、祝子(ヌルン)たちがそれに点火していった。

 

その間も人々は声を上げている。

 

 

「火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

 

マィンツは人々の先頭に立つと、ハーティにお辞儀し、そのまま御嶽(オン)への道へと進んでいく。

 

ハーティが後に続く。

 

主子(ウフヌン) らも続く。

 

ティガもウィーギィもチュチュ姐(ネーネ)も続く。

 

村人らは相変わらず、

 

 

「火の神様を取次ませ(ひぬかんさぁをぉとぅつぎゃまーしゃ)!」

 

 

と声を上げながら、私らの後に続く。

 

 

大きな穴がいくつも空いた壺みたいな土器が御嶽(オン)への道に沿って並べられ、枯れ草や小枝、薪が入れられている。

 

マィンツや祝子(ヌルン)たちが、通りがけ、いくつかに火をつけて行く。

 

残りを村人らが火をつけて行く。

 

穴が空いた壺みたいな土器は、灯篭みたいなものだと思うが、ジャングルの暗い道が照らされ、幻想的な雰囲気だ。

 

空の赤味は急速に濃い紫色に覆われている。

 

少し珍妙な香りが鼻を付いた。

 

御嶽(オン)に近づく程濃くなっているような気がするが、何の香りだろう?

 

お香か何かか?

 

お香にしては、決して心地よい香りとは思えない。

 

お香程精錬されていないのかもしれない。

 

 

「高草(タカソ)の香りです。」

 

 

とウィーギィ爺が教えてくれた。

 

高草(タカソ)って何だ?

 

 

 

人々は御嶽(オン)の手前の広場である御庭に導かれて行く。

 

 

御庭も縁に沿って灯篭土器が並べられ、火が付けられる。

 

最後に、御庭の高床式の家屋の前に積まれた薪にも火がつけられ、御庭が煌々と照らしだされた。

 

よく見れば、先日はなかった大量の収穫物が、高床式家屋の前に並べられている。

 

あれが捧げ物という事だろう。

 

その一部は御嶽(オン)にも運び込まれているはずだ。

 

 

大方の人々が御庭に収まったのを見越して、ハーティが再び声を上げた。

 

 

「男衆はここで宴を。女衆は御嶽(オン)に出向かわれよ!」

 

 

なんでも御嶽(オン)の祭祀に参加出来るのは10歳以上の女子だけなのだそうだ。

 

ただし、4歳でも私は別。

 

私は何でも特別扱いのエリート様なのである。