海賊帝国の女神〜21話目「忠節」〜/米田

朝が来た。

 

起こされた。

 

眠い。

 

昨夜はマィンツから奉納舞の歌を教わったのだが、これが結構ハードだった。

 

教え方はやんわりなのだが、ともかく、寝かせてくれないのだ。

 

私の寝所の家屋で、マィンツとその祝子(ヌルン)のハヌと二人して、歌を教えながら、ウトウトする私を起こすのだ。

 

これは結構拷問だ。

 

私はまだ4歳なのだ。

 

幼児虐待だ。

 

だが、これにもどうも理由があって、皆、昼過ぎから、一斉に寝るから…らしい。

 

何故昼間から一斉に寝るのか?というと、夕方から始まる祭りは翌朝まで行われるので、そのための体力温存処置だという。

 

 

「あなたはウォファム村の祝女(ヌル)になるんだから、慣れないと困るわ。」

 

 

とマィンツが言う。

 

 

「祝女(ヌル)はみんな夜行性なのですか?」

 

 

と私がボケながら聞くと

 

 

「そうでもないわ。ウォファム村の祀るイリキヤアマリ神が夜行性なのよ。」

 

 

と教えてくれた。

 

 

なんでも、他の御嶽(オン)の神様の祭祀は、大概昼間行うし、奉納舞とかもないらしい。もちろん歌もない。

 

その代わり、長い祝詞というか祈祷文というか、そういうのを覚えないといけないらしい。

 

 

「それに比べれば、奉納舞の出だしの時だけ、ちょっと歌うイリキヤアマリの祭りの方が楽ですよ。」

 

 

と、マィンツは言うのだけれど、どうなんだろうね。

 

 

どっちにしろ、将来他の村の祭祀を執り行うようになれば、その村の御嶽(オン)の神様にあわせた儀式を行わないといけない。

 

今はイリキヤアマリの祭祀だけ学んでいるけれど、先々それだけってワケにはいかないのだろうな。

 

と、いう事は薄々わかった。

 

 

 

そんな朝である。

 

いつものように朝食を頂くため母屋に入ると、私の顔を見たハーティが手招きする。

 

 

「おはようございます。父様。何でしょうか?」

 

 

今夜は祭りだから、その心得とかなんか言い出すのかな?とか思ったら違った。

 

 

「クィンツ、木綴(キトジ)の一式をウィーギィに渡したのか?」

 

 

あれぇ?

 

ダメだった?

 

 

「はい。新しく使えるよう、表面を削って欲しいと、爺に頼みました。」

 

「…ふむ。そうか。」

 

 

ハーティは難しい顔で腕を組んでから、私に横で控えているように命じる。

 

それから、ウィーギィ爺を呼び出す。

 

 

「ウィーギィ。」

 

「はいハーティ様」

 

 

ハーティの前に正座するウィーギィ。

 

 

「クィンツから木綴(キトジ)の一式を預かったそうだが。」

 

「はいその通りです。」

 

「あれには小刀も含まれていたろう?」

 

「…はい。ハーティ様。」

 

「その意味はわかっておろうな。」

 

 

あ。

 

そうか。

 

私、平和ボケだった。

 

 

「もちろんです。ハーティ様。」

 

「小刀とはいえ、刃(やいば)は刃(やいば)。お前にそれが預けられたというのは、クィンツの信頼の証だ。」

 

「はい。よくわかっております。」

 

「ならば良い。クィンツの為に使え。決してクィンツに害を与す事には使わぬ様にな。」

 

「肝に命じます。」

 

「うむ。」

 

 

この島?…村では、鉄器の普及は、まだ始まったばかり。

 

メインの刃物といえば、貝を削って磨いた包丁的なモノだ。

 

一方ハーティから渡された木綴(キトジ)の一式には、小刀が含まれていた。

 

もちろん鉄製だ。

 

私にとっては鉄製の小刀なんて当たり前の存在だが、ここでは違う。

 

オール鉄製の刃(やいば)…価値的にも意味的にも、そこには深いモノがある。

 

 

言うなれば、凶器だ。

 

 

いや、もちろん、凶器なんて、何だってなる。

 

石だろうが、棒だろうが、凶器にはなる。

 

それこそ、貝を削って磨いたモノでさえ、よく切れる。

 

だが、それらが標準の社会では、鉄製の刃(やいば)は、一つ抜きん出た凶器だ。

 

言うなれば、元いた世界で、拳銃を渡されたようなものだ。

 

 

もちろん、ウィーギィ爺が、その刃(やいば)を私に向けるとは思えない。

 

思えないけれど、その保証はどこにある?

 

この世界は、未発展で、原始的で、いうなれば力が全て…でもおかしく無い。

 

どこぞの世紀末ヒーローが登場しそうな雰囲気がある。

 

表面的には平和だが、それはこの村をハーティが統治しているからだろう。

 

 

そのハーティは、誰がどう見ても鬼である。

 

筋肉ダルマのごとく風体であり、怒らせたらヤバイのは明白だ。

 

それが抑止となって、村の平和は保たれている。

 

 

当然ハーティの主子(ウフヌン)らは、ハーティの強さ、安定さに信服して忠誠を捧げているんだろう。

 

 

だけれど、私にはどうだろうか?

 

 

ウィーギィ爺が私に従うのは、ハーティにそう命じられたからだ。

 

私自身の実力じゃない。

 

つまり、ウィーギィ爺が私に刃(ヤイバ)を向けない保証とは、ハーティにあるのだ。

 

 

『ハーティの意に沿わない事をしたら、ただじゃ済まないぞ。』

 

 

今のやりとりは、その再確認に過ぎない。

 

 

私はハーティのただのオマケに過ぎない。

 

だが、ハーティは、ただのオマケである私の価値を高めるために、

 

 

『お前にそれが預けられたというのは、クィンツの信頼の証だ。』

 

 

と言ったのだ。

 

私を立ててくれたのだ。

 

平和ボケして、刃(やいば)を渡す意味を深く考えなかった私をフォローしてくれたのだ。

 

実にバツが悪い。

 

もちろん、そんな事は顔には出さないけれど。

 

 

「クィンツ様、この爺を信頼し、刃(やいば)をお預け下さった事を、心から感謝申し上げます。この爺、さらなる忠節をお誓い申し上げます。」

 

 

ウィーギィ爺が深々と頭を下げてくれた。

 

 

こちょばゆい。

 

 

頭を下げているが、彼の忠節は私ではなく、ハーティへのものだ。

 

まぁ、それは当たり前といえば、当たり前なんだけれど。

 

世界をひれ伏せさせるという、私の密やかな野望を考えると、はるかに遠い。

 

 

「そろそろ宜しい?今日は早いのですから、とっとと朝食を済ませてしまいましょう。」

 

 

と、マィンツが朗らかに声をかけ、食事が運ばれてくる。

 

 

うん?

 

 

食事の最中、ふと、ハーティの手元がおかしい事に気がつく。

 

 

…てか、箸を使っている。

 

 

「父様…!」

 

「うん。」

 

 

ハーティが『気がついてくれたか!』というようにニヤっと笑う。

 

 

「箸をお使いになるのですか?」

 

「クィンツが使えるなら、ワシも使うさ。」

 

 

と、言った拍子に、摘んでいたご飯がぼろんと落ちる。

 

ハーティはちょっと気まずそうに、それを指で摘んで口に入れた。

 

 

「まだ慣れてないがな。」

 

 

とはいえ、案外柔軟性があるな。この人。と、感心してしまう。

 

この、外見だけでない柔軟性、頭のキレが、主(ウフヌ)として頭角を表す要素なのだろう。

 

 

ハーティ、侮り難し。

 

 

その一方で、私の方針も決まった。