ウィーギィ爺に負ぶさって、叔母様のマィンツと、その祝子(ヌルン)であるハヌとニャクチャと共に御庭という所に着く。
最初はマィンツに手を引かれていたのだが、4歳児の歩く速度はやっぱり遅いので、早々にウィーギィ爺が背負ってくれたのだ。
御庭は御嶽(オン)の手前の広場で、ここから小道で繋がるジャングルの向こう側に御嶽(オン)がある。
御庭には高床式の家屋が二つばかり並んでいて、多分倉庫なのだろう。
私らが着いた時には、村人たちがそこそこ集まっていた。
「おはようございます。クィンツ様、マィンツ様」
私らを見かけると、ハーティの主子(ウフヌン)たちが挨拶して来る。
コルセはいない。
コルセはハーティ専属って感じで、いつもハーティと一緒だからだろう。
え〜と、この人たちは、確か…。
「おはよう。アバ、クゥト。」
「クィンツ様、本日もまた一段と愛らしい…。」
アバとクゥトが、頬を赤らめ、デレ顔で私を見下ろす。
まぁ、仕方がない。
私は可愛いのだ。
「アバも、クゥトもお掃除なの?」
「いぇ、私らは…。」
「お二人は目録を作っているのですよ。」
と、マィンツ。
「目録?」
「祭りの日に村人らが神様に捧げる品々を持って来るのです。その書き留めですね。」
「書き留め?」
「こちらです、クィンツ様。」
アバは手にしていた「木の板」の塊を見せてくれた。
広げると、細長い木の板を綴っているモノだとわかる。
一つの長さは30cmぐらい。幅は3cmぐらい。厚みはない。
それが何枚も並列に結びついている。
簾(すだれ)のようだ。
表面に、何かが書きつけられている。
…文字だ!
この世界に来て初めて文字を見た。
残念ながら、元のクィンツの記憶を探っても私には読めない。
まだ習って無かったらしい。
文字が書きつけられた木の板…木簡。
つまりこれは、木簡の巻物だ!
「こちらに、村人の名前が。こちらが、その者が予定している捧げ物の品、量。ここに実際の品、量が記されるのです。」
木簡は、綴る糸によって三分割されており、アバが分割された部位を指差して丁寧に説明してくれた。
「こうやって、村人らが、つつがなく捧げ物を持って来たのかを確認し、記録するのです。」
と、クゥト。
なるほど、捧げ物の目録なのか。
「へ〜。すごぉ〜い。」
せっかくなので、褒めて上げた。
褒めるの大事。
その際のリアクションも大事。
目を出来るだけ大きくして、口角を目一杯引き上げる。
それだけで、二人の主子(ウフヌン)はデレデレだ。
…そうか木簡があるのか。
それに書き付ける墨。
これは良いモノを知った。
「クィンツも、これ欲しい。」
小首を傾げて、上目遣いにアバとクゥトに求めてみる。
それまでデレデレだった二人が苦笑いしてお互いを見た。
「あ、いや、これは記録ですから、おいそれと…」
ん?勘違いさせたか?
「そうじゃないの。書いてあるのじゃなくて、書いてないのが欲しいの。」
「ああ、まだ使ってない木綴(キトジ)ですね…にしても、その。」
「え〜?ダメ〜?」
「クィンツは木綴(キトジ)をどうしたいのですか?オモチャじゃないのですよ。」
苦慮している二人に見かねて、マィンツが声を掛て来る。
ご懸念はごもっとだ。
「聞いた事を忘れないように、書き留めて置くのに使いたいのです。」
「書き留めて置く?」
ちょっと理由が弱いか。
「夢で神様から色々聞くのですけれど、起きてしばらくすると、だんだん忘れてしまうのです。だから、起きてすぐの時に書き留めて置きたいのです。」
「夢で神様と…」
う、嘘っぽいか?
単にメモ帳がわりが欲しいってダケなんだけれどね。
私は固有名詞が苦手だから、村の名前や島の名前なんて覚えてられない。
だから、そういうのや、今から教わるであろう御嶽(オン)の儀式について記録して置きたいのだ。
「それは、神様のお告げなのですか?」
と、マィンツ。
そう。それだ!そう言う事にして置こう。
「はい。叔母様。」
一同が神妙な顔つきになる。
「…クィンツ…あなた、文字が…。」
と、マィンツは言いかけたが、何を思ったのか、一瞬躊躇してから言いなおした。
「わかりました。それでは、あなたのお父様にご相談なさい。」
ぐぅ。結局それか。
まぁ、そうだな。当たり前だな。
御庭の蔵から祭祀で使う笛と小鐘と鈴、それから扇子のようなモノを受け取り、私たちは御嶽(オン)に向かう。
ここでウィーギィ爺とはお別れだ。
なんでも御嶽(オン)は男子禁制なんだそうだ。
「私はここで、アバ様とクゥト様のお手伝いを致します。また、クィンツ様ご所望の箸も作っておきましょう。行ってらっしゃいませ。」
ウィーギィ爺はそう言って頭を下げた。
私は軽く「バイバイ」と手を振って、マィンツに手を引かれてジャングルに入って行く。
「『バイバイ』とは何ですか?」
と、どこかチュチュ姐に似た雰囲気のニャクチャが聞いて来た。
「うん…お別れの時のおまじないだよ。」
「おまじない?」
「えーとね。『神様のお守りがありますように』っていう意味。」
「へー。それも神様に教わられたのですか?」
「まぁね。」
しきりに感心されているうちに、御嶽(オン)に着く。
御獄(オン)は、御庭と同じような広場で、地面全体に白い砂が撒かれている。
家屋は無く、広場の中央に、見た目ゴツゴツした大きな岩が置いてある。
どうやらそれが御神体的なモノらしい。
岩の根元には薪が積まれており、その周り、少し間を空けて、上が平らで滑らかな大石が、岩を取り囲むように並んでいる。
その中を10歳から20歳ぐらいの女の子たちが、甲斐甲斐しく動き回っていた。
「ここでは、10歳以上で結婚していない女たちが、祭りの支度を行います。」
と、マィンツが説明してくれる。
「クーはまだ10歳で無いですよ?」
「あなたは主催者の娘なのですから、年齢と関係なくキチンと支度されているかを見守る責任があります。」
あ、そういうこと。
具体的には、祭祀を行うのに必要なモノが揃っているか確認し、実際祭祀の稽古をしてみて、不具合があればそこを直すと言う事らしい。
祭祀を行うのに必要なモノとは、さっき御庭の蔵から預かって来た、笛とか鈴とか小鐘とか、扇子のようなモノ。
それから祭祀を行うのは夜なので、御獄(オン)の広場を照らし出すのに十分な灯。つまり松明。
後、村人らが捧げた供物の一部だそうで、こちらは明日の午前中に運び込まれる予定だという。
年長の女の子たちが、私たちが来る迄に、御嶽(オン)を取り囲むジャングルの枝葉を切り揃え、ゴミを拾い、整地し、浜から運ばれて来た砂を篩(ふる)い、敷き詰めたのだと報告しに来た。
「すっごぉおいい」
と、大げさに驚いて喜んであげる。
女の子たちは照れたように顔を赤らめた。
ちょろいん。
あとは、私たちが稽古して見て、不具合がないか確認するだけだ。
私たちが稽古中、女の子たちは、松明の配置などの雑務を行い、場合によっては稽古に一緒に参加してもらう事になっている。
その際、見込みがあると思われる娘(こ)がいたら、祝子(ヌルン)にスカウトするらしい。
よし、木簡の巻物…木綴(キトジ)って言っていたっけ?…をもらったら、この段取りを忘れないようにメモして置こう!
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