さて、4歳児の朝は遅い。
寝る子は育つ。というのは、前の世界にあった言葉だけれど、君の世界には無かっただろうか?
そもそも、前日は「炉」に出かけて、ずっと製塩作業に付いていたのだ。
疲れが残るのは当然だろう。
ってか、別に私は何もしてないし、「炉」でも昼寝していただけだし。
テヘペロ
あ、きっと、こっちの世界で初めてお腹一杯食べた影響もあったかもしれない。
ともかく、その日、私はとても眠かった。
その上、普段なら、誰も起こしに来ないのに、どういうわけか、その日はティガに起こされた。
最初の出会の時は、寝ている私を黙って見つめているだけのヤツなのに…何でだ?
今回は積極的に揺すって来る。
「クィンツ…様。クィンツ様。起きて…。」
ちょっとオドオドした感じだ。
どうも、歳の割に体もデカく力も強いから、変に扱うと私が壊れてしまうんじゃないかと、慎重になっていたらしい。
それでも、揺さぶられる事に変わりはない。
私は目を覚ました。きっとチョー不機嫌な顔だろう。
「なぁに?ティガ。」
「姐(ネーネ)が待っています。」
「姐(ネーネ)が?何で?」
ティガはそれには答えず、背中を向けた。
乗れって事か?
私は気だるい感じで起き上がって、ティガの背中に倒れこむ。
ティガは私を背負うと、トントントンと動き出す。
歩くよりは早足なんだが、走るって感じではない。
チュチュ姐(ネーネ)がいつも居る、賄い作り用の家屋に向かうのかと思っていたら、そのまま母屋の石囲いの脇を通って、ウチの屋敷群から抜け出した。
「え?どこに行くの?」
「…川です。」
「川?」
例によってジャングルを貫く小道を進むと、果たして川があった。
そんなに大きくない川だ。
てか小川だ。
岩場があって水の流れが塞き止められている所がある。
これは記憶にあるぞ。
クィンツが水浴びしていた場所だ。
チュチュ姐(ネーネ)が川の脇に控えている。
「水浴びするの?」
ティガの背中から降りて、チュチュ姐(ネーネ)に尋ねる。
「そうです。そのあと、お召し替えをします。」
ふむ。風呂って事か。
でも、いくら暑い島とはいえ、日が昇ったばかりの川の水は冷たそうだ。
「冷たいのはイヤ。」
と、つぶやいて見る。
「大丈夫です。」
チュチュ姐(ネーネ)が顎を上げて示すので、振り返って見ると、やや川上に、デカイカメが置かれていた。
カメは切られた木の枝に支えられて、少し斜めに置かれている。
地面と傾いた底の間には火が燃えているぞ。
どおりで、なんか煙いと思った。
しかし、これは…。
なんと、お湯を沸かしているらしい。
私を下ろしたティガがその脇に立つ。
「あそこから熱いお湯を流します。川の水は温むでしょう。」
おお、配慮してくれているんだ!
嬉しい!
私は頷いた。
「では、お召し物をお脱ぎ下さい。」
は?いきなり?
てか、確かにここには私たちしかいないけれど、ティガは男の子なんだけれど。
ティガの前で裸になれと?
まぁ、4歳児が裸になるのを恥ずかしがるのも変か?
というか、よく考えたら、用を足す時、結構ティガに見られていたような気がする。
一応草むらでしゃがんで居たんだけれどね。
仕方がないなぁ。
とはいえ、大人の記憶があるから、人前で裸になるのはやっぱり抵抗がある。
私は唇を尖らせながら、しぶしぶ着物を脱いだ。
一枚モノだから直ぐスッポンポンだ。
チュチュ姐(ネーネ)が合図をすると、ティガは斜めっていたカメを横に倒す。
ティガは熱くないのかな?
ジャアアっとカメの口からお湯が溢れ、湯気が流れてくる。
それに合わせて、私も足先を川面に付けた。
うん。冷たくない。
まぁ、温かくもないけれど。
草履を履いたママ、ずんずんと川の中に入って行く。
腰ぐらいの深さの所で振り返ると、ドンブリぐらいの椀と、枯れ草の塊を手にしたチュチュ姐(ネーネ)が、太ももあたりまで着物の裾をあげて付いて来た。
おおっと、股間の草むらがのぞいているぞ。
ラッキースケベというべきか?
女子のパンツとか無い世界だから、直だよ。直。
まぁ、チュチュ姐(ネーネ)は妊婦なんだけれど。
臨月っぽいのだけれど。
…それ以前に、私自身が、女だったんだけれども。
しかも4歳。
女性の股間にトキメク立場ではない。
と、アレコレ思考が迷走している隙に、チュチュ姐(ネーネ)はドンブリ椀で水を汲んで、ドバーっと頭から掛けてくる。
次いで、枯れ草の塊で、体をゴシゴシ洗いだす。
適当なタイミングで、ティガがカメをさらに倒して、追加のお湯を流してくれた。
少し温い水が流れて来る。
あれ?
これは、私への配慮ではなくて、妊婦であるチュチュ姐(ネーネ)への配慮なんじゃないか?
ゴシゴシゴシ。
チュチュ姐(ネーネ)は情け容赦なく私の体を磨く。
ちょっと痛いよ。
いや、かなり痛い。
ヒリヒリする。
普通の4歳だったら泣いちゃうよ。
まぁ、私は、それぐらいじゃないと、体の汚れが落ちないって分かるけどさ。
体を洗ったあとは、デカイ櫛らしきもので、濡れた髪を梳いてくれた。
何だか黒い水滴が溢れるんですけれど。
相当汚れていた感じなんですけれど。
うん?
私って、もしかして、ものすごく金髪?
薄茶色の髪だとは思っていたけれど…髪が汚れていただけだと、この時初めて気が付いた。
最後にドバーっと、やっぱり頭から水を被せられて、私達は岸に上がった。
ティガが畳んだ布を差し出す。
それも何枚もだ。
普段何かを拭き取るのは枯れ草なのに、今日は、モノすごく贅沢な感じだぞ。
一応ティガは目線を逸らして、私の裸は見ないようにしているらしい。
でも、なんか、顔が赤い?
気のせいか?
体も頭もゴシゴシ拭かれた後、新しい真っ白な着物を着せられる。
帯が淡いピンクなんだけれど。
そんな色で染める技術があったんかーーーい?
ちょっとバカにし過ぎていたか?
新しい櫛を持ち出したチュチュ姐(ネーネ)が、再び髪を梳いてくれる。
ティガが葉っぱの団扇で煽ってくれた。
うむ。ヘアドライアーだ。
涼しい。
石鹸とか使ってないから、ツルンツルンとは言えないけれど、こっちの世界に来て最高にスッキリした。
髪の毛も、結局二人掛かりで、丁寧に手に取って煽ってくれたから、フワフワだ。
チュチュ姐(ネーネ)が、ものすごく嬉しそうな笑顔になっている。
目もキラキラしている。
着物を着たからか、さっきまで目を逸らしていたティガも、ジィッと見入ってる。
こちの目もキラキラしてて、口の端が緩んでいるぞ。
ふっと、ティガが背中を向けてしゃがんだ。
帰りも背中に乗せてもらえるらしい。
私が乗ろうとすると、チュチュ姐(ネーネ)がその前に使ってない布をティガの背中に掛けた。
直接乗って汚れないように…という事だろう。
どんだけ箱入り扱いなんだ?
まぁ、せっかくなんだから、汚れない方がいいに決まっている。
ティガにはちょっと気まずいが。
私はティガの背中に抱きついた。
ティガは立ち上がると、来た時よりゆっくり歩き出す。
ああ、付いて来るチュチュ姐(ネーネ)に気を使っているのか?
こいつも親父同様気遣い魔だな。
こっちの男は、みんな見かけによらないのだろうか?
コメントをお書きください