「戻ったか、クィンツ」
塩の小ツボを抱えて母屋に入ると、すぐハーティが声をかけて来た。
床の奥、何時も座してるところからだ。
その両脇を2人ずつ、4人の主子(ウフヌン)が並んで座っている。
それぞれの背後の柱には、小枝をまとめた小さな松明が灯っていた。
ああ、この構図、どこかで見た事がある。
ハテ?なんだっけ…。
そうだ、玉座の間だ。
RPGかなんかで、呼び出された勇者が王様と謁見する場所だ。
そうか、ウチの母屋は玉座の間だったんだ。
て、ことは、ハーティが座っている小さなゴザが玉座って事?
随分みすぼらしい玉座だな。
「…お返事を。クィンツ様」
後ろに居たウィーギィ爺が屈んで耳元で囁く。
「あ…戻りました。父様!」
「ウム。」
私は土間と床の端に腰掛け、草履を脱ぐ。
すかさずウィーギィ爺が跪いて脇のカメから水を掬い、私の足を洗い、乾いた枯れ草の塊で拭いてくれた。
私は床に立ち、塩の入った小ツボを抱えてチョコマカと、主子(ウフヌン)らの間まで進み、座った。
ウィーギィ爺がゆっくり後について、私の横、やや後ろに座った。
「それで、塩とやらは出来たのか?」
「はい。ここに」
私は立ち上がって、抱えた小ツボをハーティの前まで持っていき、口を倒して中が見えるように掲げる。
ハーティは興味深げにツボの中を見つめる。
「この白いのが、塩か?」
「はい。父様。よかったら、手の平を出して下さい。」
「うむ」
ハーティが右手の平を前に突き出す。
私は小ツボを傾げて、ちょっとだけ塩をそこに落とす。
「どうぞ、舐めてみて」
手の平の白い粒をじっと眺めていたハーティは、ゆっくり口元にそれを持って行き、舌をつける。
「む。辛いな。汗と同じ味だ」
辛い?原始人にはしょっぱいという概念がないらしい。てか、汗と同じ味とか、どういう表現だ。
うん。間違ってはないけれどさ。
「これをどう使うのだ?」
「誰か、チュチュ姐(ネーネ)に、飯を握って持って来てと伝えて。」
土間側に控えて座っていた主子(ウフヌン)が立ち上がって出て行く。
あれはコルセだね。
しばらくして、コルセと共にチュチュ姐(ネーネ)が母屋に入って来た。
両手でお盆を持ち、その上には握り飯が三つ程乗せてある。
コルセは元の場所に座ったけれど、チュチュ姐(ネーネ)はどうしたものかと立ちすくむ。
私は手招きして横に座らせた。
「姐(ネーネ)、一度お盆を置いて、手の平を出して」
チュチュ姐(ネーネ)は言われるママに手を出した。左手だ。
私はハーティと同じように、その平に塩をこぼす。ハーティの時よりは多いけれど。
「姐(ネーネ)、それを零さないように、握り飯を、もう一度握り直して」
可愛く小首を傾げたチュチュ姐(ネーネ)は右手で握り飯を掴むと、左手に持ち直し、小気味よく握った。
その作業を3回。
握り終わると、私は握り飯の乗ったお盆を持ち、ハーティの前に捧げる。
「どうぞお召し上がり下さい」
「うむ。」
興味深げにハーティは握り飯を一つ取り、頬張った。
「む」
ハーティの目が一瞬開くと、私の方を見、それから目を閉じて、ゆっくり味わうように握り飯を食べ尽くす。
「うぅむ。」
ハーティは脇に置いていた椀を掴んで水を飲んだ。
「なるほど。舌がチクっとして、それが心地よかった。心なしか飲んだ水も甘くなった気がする」
「それが美味しいという事です。」
「美味しい…か。うむ。」
ハーティは少し考え込むように目を動かす。
それから、顔を上げ、残った握り飯を両脇に控えた主子(ウフヌン)に一つずつ渡し、それを二つに割って4人に食べるように命じた。
「これは…。口の中で唾が溢れます」
「汁と似た味ですが、何かもっと、こう、食が進みます」
主子(ウフヌン)らが口々に感想を述べる。
だが、「美味い」とは言わない。
「美味い」と言えよぉ!
でも、まぁ、悪くない評判だ。
私はふんぬと胸を張って、大きく鼻息を漏らす。
ドヤ顔である。
テヘペロに引き続き、この世界初のドヤ顔…って事はないか?
ドヤ顏ぐらい、誰でも普通にするか。
「イリキヤアマリ神の、新たなお恵みだ」
と、ハーティは呟いた。
イリキヤアマリ神?
「流石はクィンツ様」
「やはり、イリキヤアマリ神に愛でられたお子様だ」
主子(ウフヌン)らが賛同の声を上げる。
これは、もしかして賞賛されているという事なのか?
ちょっとチートな感じがするじゃない?
悪くないよぉ。悪くない。
「では、クィンツ、そのツボを渡せ。」
「はい?」
塩をハーティに渡してどうするんだろ?
料理に使うのだから、むしろチュチュ姐(ネーネ)に渡すべきじゃない?
ハーティ経由で渡すって事だろうか?
イマイチ意味不明だが、私は言われるママにハーティに小ツボを渡した。
ハーティは、それを大事そうに持ち直すと、頭の上に掲げてから、座ったままくるりと振り返り、奥の壁側に恭しく供えた。
それから頭を下げて何やらブツブツ唱えだす。
「…火食の神よ、イリキヤアマリよ、お恵みに感謝致します…この初物を汝(なれ)に捧げます」
とか、なんとか聞こえるよ。
ハーティは小ツボに向かって土下座する。
控えていた主子(ウフヌン)らや、チュチュ姐(ネーネ)もウィーギィ爺までも、気がつけば小ツボに向かって土下座している。
やば、空気読めなかった。
私も慌てて土下座した。
それからハーティは頭をあげると振り返る。皆頭をあげる。
「これは、エーシャギークで出来た初めての塩である。今度の祭りに捧げる事とする。」
何ぃぃ!?
使っちゃダメって事?
「と、父様、それでは、料理には使えないのですか?」
「うむ。そうだな。」
ええ?
それってちょっと酷くない?
ウチらの苦労はどうなるの?
って、まぁ、私は特に何かしたワケじゃないけれどさ。
だけれど、私の楽しい食事改善計画を台無しにするつもりか?
「クーのご飯は、どうなるのですか?」
涙目だ。
まぁ、よく考えれば、もう一度作ればいいんだけれどね。
だが、作る度に神様に捧げられたら溜まったものではない。
「心配するな」
ハーティは顎を上げて、何やら合図をする。
土間側に控えていた主子(ウフヌン)2人が立ち上がって外に出ると、すぐにデカいカメを抱えて戻って来た。
ドンと後ろに置かれたカメ。
私が振り向くと、コルセがカメの口を覆っている葉っぱで作られた封を開け、お椀を突っこんでいる。
出て来たのは白い粒の山…。
え?
「これは塩だろ」
ハーティの声に、ウィーギィ爺が腰をあげ、椀に入った白い粉をつまんで口に入れる。
「左様です。間違いなく塩です」
何だってぇええええ!?
塩持ってたんかーーーいぃぃいい!
「先日ムィンの商人から頂いたのだが、何だかわからなかったので、蔵に入れておいたのだ。」
と、ハーティ。
何だかわからなかって…おいおいおい。この原始人がぁああああ!
てか、くれた方のムィンの商人は、何も説明しなかったんかぁい?
「夕べヌシらが、塩は白い粉と言うので、もしかしたらと思ったのだ。」
ああ、そうなんですか。
でも、その時出してくれれば話しはもっと早かったんじゃね?
「とりあえず、小ツボ一つ分ぐらいあれば良いのだろ?チュチュ、空いている小ツボを持って来い。…それと、お前たち、村の家々を回って小ツボを持って集まるように伝えてくれ。」
ハーティが主子(ウフヌン)らに指示を出し始める。
「今からですか?」
「いや、明日の朝で良い。集まるのは合図してからだと伝えろ。」
「畏まりました。」
どうするつもりだろう。
「父様、どうされるのですか?」
「決まってる。塩を恵むのだ。」
「え?村人に?」
何を言ってるんだというような目で睨まれる。
ああ、そうだった。この人はそうやって、村人に取り入ったんだ。
風態は赤鬼の癖に、妙に気が回る人だよな。
私なんか自分の食生活改善しか頭になかったけれど。
「よし、今日はこれで終わりだ。お前たちには先に塩を恵むから、椀に入れて帰れ。」
「ハハァ!ありがとうございます!」
主子(ウフヌン)らは笑顔でハーティに土下座し、カメの塩を椀に掬って嬉々として帰って行く。
「我らも夕食にしよう。今日は遅くなったな。…チュチュ、飯には塩を振るって持って来い。」
「あ、オカズにも振るってね」
私はニコやかにハーティの言葉の後を次ぐ。
…その日のご飯は、この世界に来てから、始めて美味しいと感じた。
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