家に戻ると、自分の家屋で降ろされる。
チュチュ姐(ネーネ)が待ち構えて居て、さっき付けてくれた装飾品をバンバン取り去って行く。
それから濡れた布が出される。
化粧を落とせという事らしいが、布を使うとは贅沢な。
顔と腕を拭き終わると、自分で見えない所を、チュチュ姐(ネーネ)がギュウギュウ拭き取る。
痛い…痛いよ。容赦ないなぁ。
それが終わると、バサバサと着物を脱がされ、スッポンポンにされた。
「こちらにお召し替えを」
いつもの着物…ただし洗濯済みのヤツが出される。
大人しく着る。
で、お昼寝の時間だ。
眠いのを朝から振り回されたから眠い眠い。
さっきまでは興奮していてバッチリだったけれど。
私は布団代わりのゴザの上にコテンと横になる。
チュチュ姐はゴタゴタと後片付けをしていた。
私はさっき聞いた事…ハーティが叫んでいた事の意味を確認したくなる。
「姐(ネーネ)」
「何ですか?」
「私の名前は何?」
「はい?」
チュチュ姐(ネーネ)は怪訝そうな顔をした。
「アーク・クィンツ様でございます。」
「…じゃあ、私の母様の名前は?」
「え?」
母様…そうだ、この家で、私は母様に会った事がない。
というか、居ないのは明白だ。
クィンツの記憶の中でも思い当たらない。
何故居ないのか?
とか、クィンツは考えなかった。
最初から居ないのだから、疑問にも思わなかったらしい。
他の家族と交流とかあれば、また違ったのかもしれないけれど、クィンツの記憶には、そういうものもない。
「アーク…クィンツ様にございます。」
「…ですか。」
私は母親と同じ名前らしい。
「姐(ネーネ)は、母様に会った事があるの?」
「…はい。」
「どんな人だった?」
「とても…お綺麗な方でした」
ですよねぇ。どう考えても私のような美幼女が、赤鬼のようなハーティ似とは思えない。
「ふ〜ん。」
「……。」
「私が母様と同じ名前って事は…もしかして私が産まれた時に、母様はお亡くなりになったのですか?」
「…はい。」
そうだよね。でなければ、ややこしくなる。
居なくなったから、その名前を引き継いだのだ。
「じゃぁさ、姐(ネーネ)」
「クィンツ様、もうお休みになられた方が…」
「う〜ん。これだけ。」
「…なんでしょうか?」
「母様の母様…私の婆様の名前は?」
「アーク・ハノン様だと聞いています。」
「会った事は?」
「ございません。私はハノン様亡き後クィンツ様のお相手として、お側に仕えたのです。」
「そうなんだ。」
「はい。」
「じゃぁ…」
「今ので最後なのでは?」
「今度が本当に最後だよ」
ちょっとイタズラっぽく微笑んで見た。
チュチュ姐(ネーネ)は軽くため息を付いた。
「父様の母様…の…名前は?」
「……」
「姐(ネーネ)?」
「…アーク…ハノン様です。」
うっわぁあああ。やっぱりかぁあああ!
親父とお袋は、兄姉でやんの!近親婚でやんの!近親婚の子が私なのかぁあああ!
私の虚弱体質の原因はそれかぁ!
肌が透き通るように白いのも、そのあたりの影響かぁああ!
「もう、よろしいでしょうか?」
「えっと、父様と母様では、どっちが…その、年上だったの?」
「…ハーティ様です。…ハーティ様が産まれた後、ハノン様はナータ家に入られ、クィンツ様をお産みになったと伺っています。」
「それって、父様と母様では、父親が違うって事?」
「はい。」
はー。よかった。少しは血が薄いよ。
ドロドロじゃなくて、ドロってぐらいだよ。
ちょっとだけマシか?
ちょっとだけだけれどさ。
「でね、姐(ネーネ)」
「ハーティ様」
チュチュ姐(ネーネ)は明らかに不機嫌な顔をして唇と尖らせた。
「違うの。違うの。ちょっとだけ気になったの」
はぁ。と、チュチュ姐(ネーネ)は再びため息。
「何でございましょう」
「兄妹で結婚するって…大丈夫なの?」
原始社会ではそういう禁忌は無いのだろうか?
「クィンツ様は…お母様は…」
「はい?」
「お美し過ぎました。」
「は?」
「引き合う男は、このエーシャギーク島のみならず、イヤィマの島々全部を見ても見当たりませんでした。」
「はあ。」
「それこそ、フーズ様か、ハーティ様以外は、お相手の対象になり得なかったのです。」
「フーズ様?」
「ナータ・フーズ様…その…ナータ家の長男です。ハノン様が入られた家の。」
「え?」
「フーズ様のお父様のフーク様が、ハノン様のお相手です。」
「はい?」
ちょ、待てよ。どういう事?
フーズの父親、フークとハノンがくっついて、私の母のクィンツが産まれた…と。
つまり、フークの連れ子がフーズで、それって、結局クィンツ母さんの兄ちゃんって事じゃん。
母違いの兄ちゃんが、フーズで、父違いの兄ちゃんがハーティって事か。
え?
つまり、クィンツ母さんは、どっちにしろ、兄に当たる人と結婚する羽目だったって事?
「えーと…姐(ネーネ)…」
「はい。」
「母様は、兄に当たる人以外、見合う相手が居なかったって…そういう事でしょうか?」
「はい。」
「その場合、兄に当たる人も、結婚対象になるって…そういう事ですね?」
「はい。」
「そうなんだ。」
見合う相手がいなければ、近親婚もやむなし!ってそういう社会か?
ふーん。なるほど。ふーん。
「クィンツ様」
「ん?」
「クィンツ様も、大変美しく有られます。」
知ってる。今日鏡で見た。萌え死するぐらいだったから。
「金色の髪の輝き、白く透き通る肌、失礼ながら、前のクィンツ様以上です。」
「そうなのですか?」
なんか嬉しいな。美人中の美人だよ。むふふふ。
「はい。…このままでは…その。前のクィンツ様と同じく、引き合う男が見つからないかもしれません。」
「ん?」
引き合う男…が、居れば、結婚…か。
いや、考えた事なかったな。
でも、この世界で生きて行くとなると、どこかで結婚する事になるか。
って、結婚っていうと、あれか…。
あんなことや、こんな事を…。
男と!
せにゃならんて事か?
え?まて?まてまて?
まぁ、引き合う男が居ないなら、結婚しなくていいから、いいのか。
「その場合、やはり、フーズ様か…ハーティ様が、お相手の対象となります。」
「んん?」
フーズって、母さんの兄さん、つまり伯父でしょ。
っていうか、ハーティは父親だぞ!
おいおいおいおいおい!
どういう事?それ、何言ってるの?
「フーズ様も、ハーティ様も、もはや大英雄(ホンクァウラ)の貫禄で御座います。この域にたどり至れる方は、神となられた方々だけです。将来、女神のごとく美しくなられるであろう、クィンツ様のお相手としては、このお二人ぐらいしか思い当たりません。」
はい?
「親子で結婚とか…あり得るのですか?」
「見合うのであれば。」
ちょ、待てぇ!
ちょ、待てやぁ!
「ね、年齢が違いすぎるのでは?」
「年齢?」
はう!?
しまった、チュチュ姐(ネーネ)の旦那はウィーギィ爺だった。
20歳も違ったんだ。
私とハーティもそれぐらいか。
年齢全然関係ねーよ。
てか、年齢も、親子関係も超越して番(つがえ)させようというこの社会は、マジぱねぇ。マジあり得ない。
「で、でも、本人の意思も尊重されるのですよね?」
「本人の意思ですか?」
「結婚したくないという気持ちです」
「…先のクィンツ様も…いえ。何でもありません。」
おい!
気になるじゃねーか。
母様がどした?
どしたんじゃーい?
「行きます。クィンツ様はお休み下さい。」
そう言ってチュチュ姐(ネーネ)は、返事も聞かずに立ち上がった。
「あ?ああ…」
私はその背中を見送るしか出来ない。
てか、衝撃の事実。
今まで食事改善計画という目前の事しか考えて居なかったが、そうか。
この世界で生きて行くとなれば、人生プランというのが必要だ。
まさか父親と結婚とか。
無理だ。
伯父さんというのがどういう人か知らないが、赤鬼よりはマシか?
いやいや、そういうレベルではない。
そもそも、中身が男の私が、男と、…とか、無理無理無理。
無理じゃない人とか、むしろ積極的に愛したい人もいるかもしれないが、私は無理だ。
せめて、せめて、せめて…
と、何故かニシトウくんの顔が浮かんだ。
一瞬ホワンとした気持ちになったけれど、やっぱり無理ーーーーー!
ニシトウくんだろうが、何だろうが、男はムリーーーーー!
ゴザの上で、私は頭を抱え込んだ。
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