カンカンカン
カンカンカン
と、どこかくぐもった音が響いている。
金属を叩くような音ではなく、これは、乾いた木を打ち鳴らす音だ。
私は、例によってティガの背中で運ばれている。
ちょっと小走りだ。
後からウィーギィ爺も小走りで付いてきている。
こっちの方向は、アレだ。
田んぼがある方だ。
田んぼの向こうにウォファム村の集落がある。はず。
クィンツの記憶だと、そうなっている。
大勢の人が集まっている気配がする。
そうそう。
昨夜ハーティが主子(ウフヌン)らに指示を出していた。
村人らに、合図したら小ツボを持って集まるよう伝えろって。
確か、塩を恵むとか言っていた。
その集会ということか。
田んぼの手前で私は降ろされる。
ウィーギィ爺が顎髭を撫でながら、私の周りをぐるぐる回ってジロジロ見ている。
何やら最終チェックって感じだ。
「村の衆!よくぞ集まった」
ハーティの大声が田んぼの方から聞こえる。
ここからだと、小さな茂みが間にあって、田んぼが見えない。
茂みより背の高いウィーギィ爺やティガらには問題ないらしいが。
二人して一点を見ている。
そこにハーティが居るのだろう。
「皆の働きで、初夏のコメの刈り取りは終わった!今回も豊作である。」
ハーティの声に続いて別の声が飛ぶ。
「豊かな実りは、ハーティ様が下さる鉄器のお陰だーーー!」
「そうだ!そうだーーーー!」
「ハーティ様こそ太陽(ティダ)の子だ!」
「その通り!」
サクラでも仕込んでいるのだろうか?
だが、村人らも熱狂しているようだ。
掛け声に合わせて歓声が上がる。
うぉぉおお!
歓声に合わせて、例の木を叩く音が、あちこちからも響いてくる。
カンカンカン
歓声が収まるのを待って、ハーティの声が続いた。
「お前たちが言うように、鉄器が実りをもたらした」
うぉおぉおぉ!という歓声と、カンカンカンと木を打ち鳴らす音。
「鉄器はハーティムルの神、ゲートゥ・ホーラと、その子にしてトクトウムの神、ヌゥハラ・カンドゥのお恵みである!」
うぉぉぉぉおぉおぉ!
カンカンカンカン
「知ってのように、我アーク・ハーティはゲートゥ・ホーラの血を引く者であり、火食の神、イリキヤアマリの化身、アーク・ハノンの子である!」
うぉぉぉぉおおぉおお!
カンカンカンカンカン
「イリキヤアマリは、我が母アーク・ハノンを殊(こと)の外(ほか)愛(め)でされ、様々な火食の恵みをエーシャギークに持たらした!」
うぉぉおおおおおおおぉお!
カンカンカンカンカンカン
「その娘、アーク・クィンツもまた同じ!」
うぉぉぉぉおおおおおおおぉぉおぉ!
カンカンカンカンカンカンカンカン
「そして、その娘にして我が子、アーク・クィンツ2世も、イリキヤアマリの恩寵を受け、今、新たなお恵みを我らにお与え下さった!」
ん?何か今、とんでも無い事言ってね?
「新たな恵みだぁああーー!」
「アーク・クィンツ様に誉(ほまれ)アレェーーー!!」
うぉぉぉぉおおおおおおおおおおおお!!!
カンカンカンカンカンカンカンカンカンカン
「アーク・クィンツ2世を此処に!」
ハーティが叫ぶ。ウィーギィ爺が背中を押した。
私の出番らしい。
私は茂みを出て、田んぼの畦に出る。
刈り取りを終えた田んぼには、村中の者たちが集まっていた。
ざっと、2〜300人は居るだろうか?
畦の上に小さな台があり、その上にハーティが立っている。
演説台だね。
私はハーティの側に歩み寄る。
ハーティの主子(ウフヌン)であるコルセが私を抱え上げ、ハーティに渡す。
ハーティは私を背中から抱えると、田んぼの群衆に向かって高々と突き出した。
おぉぉお…
群衆のどよめきが聞こえる。
知ってる。これ。
某ライオンの王様っていうアニメのワンシーンだ。
頭の中で「はんにゃぁああ、なんとかぁあらああ」とかいうBGMが響き渡るぞ。
ハーティは猿役か。
ゴリラって感じだけれど。
掲げられた私は、さぞ神々(こうごう)しいのだろう。
村の衆らの瞳がキラキラしているじゃないか。
というか、皆んな膝まづき出した。
土下座する連中も出て来たぞ。
日に照らされて、私の頭もクラクラする。
ハーティが私を台の上に下ろす。
「この度、イリキヤアマリがクィンツ2世を通してお恵み下さったものは、塩だ!」
ガガーーン!
効果音のごとく木が打ち叩かれる。
あ、やっぱりあの木を叩く音は演出だったんだ。
ズィと主子(ウフヌン)らが、塩が入ったカメの乗った輿を、高々と持ち上げた。
「しぉお?」
「シオ?」
「しおぉ…???」
群衆からは困惑の声…。
ですよねぇ。
ハーティだって昨夜まで、塩が何だか知らなかったのだから。
「塩は海の水から作られる!」
そう言いながら、輿に乗せられたカメの口に両手を突っ込むハーティ。
むんずと塩の塊を掴み取る。
「この塩を飯や添え物にまぶせば、たちどころに旨味が増し、幸を覚える!」
どばぁっと、ハーティが掴んだ塩を放り投げた。
白い粒が飛び散り、太陽の光に反射し、キラキラ輝き、聴衆の上に降りかかる。
雪のようだ!
てか、この島の住人は雪なんか見たことないだろうけれど。
だが、幻想的なのは間違いない。
悲鳴のような歓声が上がった。
大した大衆扇動者だ。
「この塩を、小ツボ一杯、お前らに恵もう!イリキヤアマリの化身、アーク・クィンツに感謝の祈りを!」
「ああ、イリキヤアマリ様!」
「クィンツ様ぁあ!」
聴衆は興奮のるつぼだ。
てか、塩がなんだか、まだよくわからないでしょ?
いいのか?そんなに感激して。
背中をポンポンと小突かれる。
「うん?」
「クィンツ、思いっきり両手を高く掲げろ」
ハーティの指示だ。
なんだかよくわからないけれど、言われた通り、バッと万歳のポーズを取る。
体のあちこちの装飾具がキラリンと光った。
はわわわ〜〜!という空気が流れ、人々が真っ赤になる。
「クィンツ様ぁ…なんと、なんと愛らしい」
何人かが恍惚とし、泡を吹いてぶっ倒れたぞ。
いや、わかる。
私もそっち側だったら、きっとそうなるに違いない。
これは自惚れじゃない。
鏡に映った美少女を想像すれば、そういう結論に達するのだ。
ハーティは、再び私を抱き上げると、台から降りて、ウィーギィ爺に渡す。
「もう良いぞ。下がれ。」
「はい、ハーティ様」
ウィーギィ爺が私を地面に下ろす。
私はくるりと振り向いてハーティを見、ちょこんとお辞儀をする。
「それでは父様」
頭をあげて行こうとすると、ハーティが呼び止める。
「あ、ちょ、待て」
「はい?」
ハーティは私を、ギョロリギョロリと見る。
怖い。
怒っているのかな?
と、怯えていたら、ニャハラを相好を崩した。
「うむ。うむ。可愛いぞ。」
いやだ、この人。耳まで赤くなってるよ。父親でしょ?
「はい。ありがとうございます。」
改めて、ちょこんとお辞儀をし、トコトコを茂みの裏に向かう。
なんだかキモい!
茂みの裏ではティガが背中を向けている。
例によって背中には布が弾いてある。
私はバフンと抱きついた。
ああ、何だか疲れちゃった。
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