ティガの背中に揺られて母屋の石囲いの前まで戻って見ると、昨日歩いた「炉」に続く道からウィーギィ爺が子供を連れてやって来るのが見えた。
まだ遠くてよく分からないが、炉からなんだから、あれはきっとニシトウくんだ。
「おーい。おーい。」
私が手を振ると、子供が駆け寄ってくる。
やっぱりニシトウくんだった。
子犬みたいで可愛い。
「クィンツ様」
ニシトウくんは、そう声を掛けて来たかと思うと、ギョッとした顔で立ち止まった。
「おはよう。ニシトウくん。」
「お、おはようございます。」
後からやってきたウィーギィ爺も、一瞬目を見開いたが、すぐにニッコリした。
「おやおや。」
「ん?」
あ、そうか。髪の毛か。
水浴びしたから、綺麗な金髪になったのだ。
それにビックリしてるんだな。
「どう?綺麗になったでしょ。チュチュ姐(ネーネ)に洗ってもらったの」
「そう…ですか。」
薄茶色から金髪なんだから、そりゃ驚くよね。
というか、この島の住人は、父親のハーティが赤髪である以外、みんな黒髪だ。
あ、ウィーギィ爺は白髪だった。
年寄りにはそういう人もチラホラいるか。
前の世界で、アジア系って呼ばれていた人種と、ほぼほぼ同じだけれども、日焼けしていて、みんな肌黒い。
まぁ、ハーティは毛だけでなく、肌も赤灼けして異形なんだけれど。
…種が違うんだろうなぁ。
ハーティの娘である私も、島の皆んなとやっぱり毛色が違う。
だって肌がすごく白いんだから。
ああ…もともとからして引きこもりっぽいから、そのせいでもあるんだろうけれど。
そんな事考えていても、お構い無しに、ティガは母屋に入って行く。
降ろされて、床端で足を洗ってもらってから、床の上に立つ。
てか川以外、ほとんど足を地面に着けてないんだから、洗う必要があっただろうか?
習慣だからいいのか?
「朝食を頂いたら、クィンツ様はお化粧となります。」
「お化粧?」
「あちらの鏡をお使いください。」
ウィーギィ爺が指差す。
振り返ると、昨日ハーティが置いた塩の小ツボの隣りに、細長い黒茶色の板が置かれている。
周囲がゴテゴテと飾られているようだが、裏側をこちらに向けて壁に立てかけられているらしく、飾り職人の腕前はわからない。
「あれ、鏡なの?」
「はい。ハーティ様が先ほど蔵からお持ちになって、置いて行かれました。」
出たーーーー。ハーティの猫型ロボット蔵。
え?猫型ロボット蔵って何かって?
う〜ん。
私の前の世界のネタだよ。
猫型のロボットが…って、あれは本当に猫型なのだろうか?
頭がつるんつるんなのだが。
…まぁ、いいか。
中華鍋にしろ、塩にしろ、鏡にしろ、ハーティはこの島の文明レベルから見てオーパーツと言えるようなものを、ちょこちょこ蔵から出して来る。
だから、猫型ロボット蔵って呼んで見たんだけれどね。
鏡なんて、この島のレベルじゃ、水鏡がせいぜいなんじゃないのか?
あ、でも、前の世界でも、古墳の出土品が鏡だったな。
じゃあ意外と歴史が古いのか?
私はトコトコと壁まで行って、鏡に手を掛ける。
ウィーギィ爺がすっ飛んできた。
「いけません。貴重なものです。お気をつけ下さい。」
「じゃあ、爺(ジージ)が手に持って」
ウィーギィ爺が困ったような顔をしてから、鏡を掴んだ。
「少しだけですぞ。朝食の後には化粧で使うのですから、その時ゆっくりご覧になれます。」
鏡がひっくり返される。
キランと光が反射した。
眩しい!
一瞬閉じてから、ゆっくり目を開ける。
ええ?
そこには輝くような金の髪と、透き通るような肌をした、天使のような幼な子が居た。
誰?
ジィッと見つめる。
鏡の子もこっちを見ている。
目がデカイ。
いや、この島の子供たちも大概目がデカイけれど、それより一回りはデカくね?っていうぐらいデカイ。
その上、瞳まで金色だ。
なんと神々しい!
あれ?
このシチュエーションは、昨日も無かったっけ?
そうだ。
ニシトウくんの瞳だ。
ニシトウくんの瞳も金色だった。
いや黄土色か?
でも、鏡の中の子の瞳は、紛う事無く金色だ。
これは黄土色とは云えない。
て、いうか、まつ毛も金髪?
眉毛も金か。
やや髪の色よりは濃いとは云え、すごいな。これは。
目だけでなく、ちょこんとした鼻。
プニュプニュの唇。
頬はプニンとしており、実に柔らかそう…。
そして肌。
シミひとつないツルンツルンの肌。
それでいて、保湿感タップリだ。
か、可愛いぃぃいい!
反則だろ!この可愛さは!?
トキメキが半端ないんですけれど!
見ているだけで口元がだらしなく歪む。
そ、そうか、だから皆んな口元が歪んでいたんだ。
その上、全体がキラキラしているから、それを写す瞳もキラキラしてしまうのだ。
鏡の中の瞳もキラキラしている。
なんだこの合わせ鏡効果は!?
で、これが私?
うっそぉおおん。
前の世界のくたびれたオッサンはどこーーーーーー?
数分ぐらいウットリ見つめてしまった。
だって目が離せないんだもん。
「う、うおっほん」
ウィーギィ爺がわざとらしく咳払いをする。
「あ」
「クィンツ様、朝食をお取り下さい。」
そうだった。
昨夜から調味料に塩が使われ、すっかり美味しくなったご飯が私を待っている。
もちろん、前の世界とは、まだまだ比較にならないけれど、昨日の朝食に比べれば雲泥の差だろう。
「いっただきまーす」
私は食事用の棒切れを掴む。
うにゅ。
これも、箸に変えねば…。
それに、海水スープ?
海藻らしきものが入っているわけだが、味噌汁とかに変更出来ないのだろうか?
味噌がないから無理なのだろうか?
味噌のレシピなんて知らんがな。
大豆使うんだっけ?
まだまだ食事改善計画は完結しないなぁ。
「ごちそうさまでした。」
「まぁ、クィンツ様、全部お食べになられて。」
なぜかチュチュ姐(ネーネ)が涙ぐむ。
そんなに心配してくれてたんだ?
ご飯が美味しくなれば、もっと食べるよ。
太っちゃうかな?
せっかくの美幼女なのに、それは嫌だな。
食事の片付けはティガに任されて、化粧はチュチュ姐(ネーネ)が施してくれるらしい。
まぁ、男の子の出る幕じゃないから、当然だろう。
まずは、長い髪の毛をまとめ上げて、頭の上にお団子を作る。
ちょっと金髪とは似合わないけれど、この島の女子の標準正装らしい。
それから白粉…は必要ないと判断されたらしく、赤い粉が細い刷毛(はけ)みたいな道具でうっすら頬に塗(まぶ)せられる。
おお。なんか血色よく見える。
続いてまぶたに墨を入れる。
目を開くと、まつ毛が墨と金髪の混合で、何やらすごい事になっている。
その上で、眉毛、目尻、頬横に、謎な文様が入れらる。
前腕にもだ。
原始人ぽい!
最後に唇に紅が引かれる。
謎な文様以外は案外簡単な化粧だ。
まぁ原始社会なんだから、こんなものかもしれない。
「こちらを」
ウィーギィ爺が乳色の地に七色に輝く串を差し出した。
何で作られているんだろ?
受け取ったチュチュ姐(ネーネ)は、ゆっくりとした手つきでしっかり頭に差し込む。
次に白い上掛。
袖がある着物は、この島に来てから初めて見たぞい。
それから、何やらジャラジャラした装飾品多数が首からかけられ、手首に巻かれ、さらに頭に刺さる。
幅広の白いハチマキ見たいなのもおデコに巻かれてお団子の後ろで結ばれた。
全体的に白いが、装飾品やら髪飾りが派手でポイントとして引き立たせてくれる。
うーん。
なんだか古代の巫女っぽい。
あ、これが「祈女(ユータ)」の正装なんだな。
そりゃ巫女っぽいわな。
素材が良すぎるから、何着せられても、鏡を見ている自分は高まるのではあるが…。
で、今日は何故、こんな格好を?
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