よし、塩だ。塩を作ろう!
と、私は決意したのであるが、では、何が必要なのか?どうすべきか?と、アレコレと思いを巡らした。
繰り返すが、私は元の世界では一般人である。
ついた職種はサービス業だった。
つまり、モノ作りとはトント無縁であった。
必要なものは、ただ、購入すれば良い。
そういう社会に生きて居たのであるから、塩一つ作るにも、具体的に何をどうすれば良いのかなんて、見た事もやった事もない。
せいぜい、海水をどうにかするぐらいしか思い付かない。
そーいえば、前の世界では、塩田というのがあって、海辺に海水を撒いて、天日で水分を蒸発させ、塩を作って居た地方があったと記憶している。
その手は使えないのだろうか?
それなら薪を集める必要はない。
とか思って居たら、いきなり戸口の外が暗くなった。
「あ、雨になる…」
私はつぶやいた。
「左様ですね」
ウィーギィ爺が応答してくれた。
そんなやりとりもつかの間、大粒の水玉が、ポツポツと落ちてきた。
そして、ドバーっと盛大に雨が降る。
と、思ったら、また水玉ポツポツになり、それも止んで、外は明るくなってきた。
この世界に来てから時折出くわす、いきなり雨だ。
きっとあれだ、これが噂に聞く、スコールというヤツに違いない。
元の世界で、イケメンの役者、兼、歌手さんが、ちょっと大きなシャツに袖を通すのどうのと歌っていたヤツだ。
ああ、これだ。これがあったわ。
と、私はむぅっとなる。
塩田で海水を撒いて、天日で乾燥させようにも、この島ではイキナリの雨が降るのだ。
その時、干して居た海水はどうなるのか?…元の木阿弥だ。
塩田計画はあっさりボツとなった。
やっぱり、カメに海水を入れ、ぐつぐつ煮込んで蒸発させていくべきか?
そのためには大量の薪が必要だ。
薪の元となる木なら、この島にも豊富にある。
杉のようなまっすぐ伸びた木は見た事はないが、うねうねくねった珍妙な植物群が生えて居る。
ただ、問題なのは、水気だ。
生木はそのままでは薪にならない。
乾燥が必要だ。
一方で、この島はやたら蒸し蒸しする。
その上、集めた木を外に放置しておいても、例のスコールであっさり濡れる。
乾燥させるなら、どこか風通しの良い屋内で陰干しするしかない。
だが、そんな場所は少ない。
だから、島の住人は、必要最小限の薪しか溜め込まないのだ。
そして余分が少ないから、ちょこちょこと次の薪の原料集めに出なければならない。
極めて効率が悪い。
逆にそこに諦念感があって、ムキになって働く雰囲気がない。
ムキになっても、結果に変わりがないなら、そりゃ適当に気を抜いてやるようになるだろう。
島人の、どこか呑気な雰囲気は、そのあたりに起源があると思う。
環境がそういう性質、性格を作って居るのだ。
うむ。納得した。
…とか言って居る場合じゃないな。
だって、それじゃあ、美味しいご飯が食べられないじゃないか。
と、寝っ転がって片肘ついて頭を支えながら、私は思考する。
さすがに喋り疲れたのか、背中側に控えているウィーギィ爺のボソボソラジオも静かになっていた。
室内がムワっとして来る。
さっきのスコールの水分が、強い日差しに当たって蒸発しているのだろう。
この島が、やたら蒸し蒸しする理由はそれだ。
だが、しばらくすると、窓から入ってくる海風が、熱気を追い払う。
ちょっとベタベタする感じは残るが、ムワ〜っとした感じは無くなる。
私は土間の片隅にある、木枝の塊を見る。
乾燥中の薪である。
この薪を集めて居るのは、オーガ・ティガだ。
例の私が目覚めた時、私の顔をじっと見つめていた男の子だ。
もうすぐ出産するチュチュ姐(ネーネ)の代わりに、家の雑用が出来るよう、チュチュ姐(ネーネ)に鍛えられている所だ。
歳は7歳らしいが、体が大きく、10歳以上、12、3歳に見える。
それを見込まれてハーティが連れて来たらしい。
連れて来た?…何処から?
親とか居ないのかしらん?
とか、思考が脱線するが、そんな事は塩づくりとは関係ない。
気を取り直して考えを戻す。
今問題なのは彼が持ってくる薪の量だ。
こんな量では、カメ一杯の海水を蒸発させる火を焚くのは、難しそうだ。
難しい。
難しい…そうだ。
この量では、カメ一杯の海水を蒸発させるのは難しい。
だけど、もっと小さな器に入れて、もっと少ない海水だったらどうだろうか?
ていうか、そもそも、海水を煮込んで塩にするのだって、詳細は知らない。
イキナリ大量の海水で塩を作ろうとして、失敗したらどうすんだ?目も当てられない。
ここはちょっとずつ経験を積んで、コツコツやるべきじゃないだろうか?
おお、なんと常識的な考えだ!
さすが大人!
私、大人!
というか、そこまで考えるなら、もっと効率性を考えよう。
器の形だって問題だ。
カメみたいな口が窄(すぼ)まった器じゃぁ、水分の蒸発率が悪いじゃないか。
もっと、皿のような平たい感じの器の方が効率が良いんじゃない?
てか、器の素材はどうよ?
この島ではお椀でなければ土器みたいな器しか見た事ないけれど、熱伝導率を考えれば、鉄鍋の方が良いではないか?
鉄鍋どっかにないんだろうか?
出来れば、フライパンみたいな形がいい。
「爺(ジージ)」
「はい、クィンツ様」
ウィーギィ爺は間違いなく居眠りしていたらしい。
どこか素っ頓狂な声をあげた。
私は起き上がって振り向く。
「クーは、塩を作りたい」
クーっていうのは、クィンツの頭文字の事だ。
幼い私は、自分の事を「クー」と云っていた。
本当はサチコっていうサッちゃんと同じようなもんだ。
可愛いよね。クーちゃん!
「塩を作られるのですか?」
「うん。」
「塩を作るには大量の薪が必要です」
知ってる。それ、さっきも言ってやん。
爺さんていうのは、クドイ生き物なのである。
「うん。だから、ちょっとの薪で作れるぐらいの塩でいいの。」
「左様でございますか。」
ウィーギィ爺は、顎髭を撫でるようなポーズを取る。
何やら考えてくれて居るようだ。
そもそも、塩を作るといっても…たとえ、それが少量だといっても、4歳児には無理な事が沢山ある。
大体どこで、火を起こして、海水の入った鍋を置いて、グツグツ煮込めばいいのか?
適した場所もわからなければ、海水を運んで来るのだって大変だ。
自動車どころか、馬車すら見ない、というか、そもそも道路もロクもない、道っていうのは、ほとんどが人が一人、二人ぐらいしか通れない幅のこの島では、何かを運ぶには、どう転んでも大人の協力は必要なのだ。
しかし村人は忙しい。
私の相手をして、ずっと側にいるウィーギィ爺を使わない手はない。
……。
しばらく顎髭を撫でるようなポーズを取っていたウィーギィ爺は、座った足の太ももに、静かに両手を置くと、こう言った。
「では、ハーティ様にご相談しましょう」
あーー。やっぱ、そうなるよね。うん。
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