夕方、父親のハーティが母屋に帰って来た。
この家はいくつかの家屋で構成されていて、私は普段、奥の家屋に引きこもっている。
目覚めた時、寝かされていたのも、奥の家屋だ。
父親が帰って来れば、皆集まって母屋で食事をとる。
皆というのは、ハーティ、私、ウィーギィ爺、ジュジュ姐(ネーネ)、ハーティの主子(ウフヌン)コルセとジュジュ姐(ネーネ)の助手をしているティガの6人だ。
主子(ウフヌン)というのは主(ウフヌ)の従者の事だ。
ハーティは主(ウフヌ)だから、いつも主子(ウフヌン)を侍(はべ)らせている。
ただ、母屋で一緒に食事を取るのは、コルセだけだ。他の主子(ウフヌン)は実家からの通いらしい。
食事を済ませると、ジュジュ姐(ネーネ)とティガは後片付けに立った。
コルセは気を使って、母屋の戸口の外に出て行く。一応、見回りという事か?
私は、ウィーギィ爺とハーティの前に座って、塩を作りたいと申し出た。
「シオ?…塩とは何だ?」
知らんのかーーーーい!?
私は内心ずっこける。
やっぱりこの島の連中は、想像以上に原始人である。
無知すぐる!
「海の水から採れる、白い粉で御座います。」
ウィーギィ爺が説明した。
「白い粉?薬か何かか?」
「薬にもなりますが…」
「何故そんなものを作りたいのだ?」
ハーティは、ギョロリと私を睨む。
怒っているのか?不機嫌なのか?
何だかよくわからない。
「それは…」
ちょっと目を見て話せない。
私は視線を外してしまう。
「それは?」
ハーティが問い返し、ウィーギィ爺と二人で見つめられる。
なんか視線が痛い。
ああ、そういえば、ウィーギィ爺にも理由を言ってなかったっけ。
「ご飯が美味しくないから…」
「は?」
二人そろっての困惑した声を上げた。
「飯と塩と、何の関係があるのだ?」
「塩は料理の味付けに使われます」
と、ウィーギィ爺。ナイスフォロー。
「味付け?」
だが、どうも鬼には、味付けという概念すらないらしい。
「ふむ。…味が欲しければ、汁を飲めばよいのではないか?」
「汁は苦いから…」
「苦い?」
海水を煮ただけの汁を調味料扱いされたのではたまったものではない。
「ハーティ様。クィンツ様が塩を求められるのは、神の御告げだからのようです。」
「神の御告げ?」
「はい。昼間、うつつ寝の夢間に訪れたようで御座います。」
「そうなのか?」
そうだ。昼寝した時、寝ぼけて「塩」と言ったのが最初だった。
その後、海から塩を作れるのを知っているのは、神様に教えてもらったからだと嘘こいてた。テヘペロ。
「父様、塩があれば、ご飯をたくさん食べられて、クーは元気になれます。」
せっかくなので、追い打ちをかけてみる。
ハーティが私の食の細いのを心配していた所に付け込む。
「元気に?…うむ。やはり薬なのか?」
あう。それは違う。
「それで、塩をつくるには何が必要なのだ?」
おっと、前向きな質問だ。
「大量の薪。それと、鉄の器、大きな布などが。」
え?布?
ウィーギィ爺の答えに、私はちょっと驚いた。布なんか何に使うのだろうか?
「大量の薪?火を使うのか?」
と、ハーティ。
「はい。塩は海の水を煮込んで煮込んで煮込み尽くして作ります。器は海の水を満たし、布は水を濾(こ)すのに使います。」
「なるほど。それでは、火を焚く釜や、水を汲むカメもいるのではないか?」
「左様で御座いますな」
「わかった。もうすぐ祭りが近い。職人らは祭りの支度を手伝って貰うので、炉は休ませる。炉の薪や道具を使って塩を作れ。」
「畏まりました。」
「器や布はワシが明日持ち出そう。炉において置くので自由に使え。使うカメの事はチュチュ…いや、ティガに聞け。海の水を汲むぐらいなら手伝わせて構わん。」
「ありがとう御座います。」
ウィーギィ爺が頭を下げたので、私も慌てて頭を下げる。
「ありがとう御座います。父様」
「うむ。」
ハーティは満足そうに笑った。
「それでクィンツが元気になるなら、大いに喜ばしいからな」
父親の娘愛が素晴らしい。
ハーティは立ち上がると外に出ていった。コルセと合流して日が完全に沈む前に、村の周囲を見回るつもりらしい。主(ウフヌ)の日課である。
「爺(ジージ)、塩を作った事があるの?」
「直にはありません。ですが、ヴィンに流れついた時、しばらく手伝いをさせられました」
「ヴィン?流れ着いた?」
ヴィンは大陸(ティオク)の南の地方の事で、ウィーギィ爺は昼間、ヴィンからウーチュへ行く船の積荷に塩が有ったと言っていた。
塩作りにも参加していたのか?
「以前、乗っていた船が嵐に遭いまして、ヴィンの外れに流れついたのです。その際、地元の者たちの使用人として働きました」
「そうなんだ」
ウィーギィ爺の人生って、なんだか結構波乱万丈だぞ。
亀の甲より年の功って感じかね?
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