海賊帝国の女神〜5話目「塩ネタ」〜/米田

もしかして、自分はモブキャラの転生者なんじゃないか?

 

 

とか、自分の在り様を疑い出したのは、この世界に目覚めて1週間後ぐらいだろうか?

 

というか、まだこちらの世界の暦を知らなかったから、おおよそなんだけれど。

 

 

 

その頃は、すっかりふてくされて、土間のゴザの上で寝転がっていた。

 

 

後から思えば、随分贅沢な立場だったよね。

 

この世界では、子供といえども、何かしらの用事を言付かっている。

 

 

たとえ4歳でもだ。

 

 

まぁ、私は祈女(ユータ)だから、祈女(ユータ)の務めをしなければいけない。

 

だけれど、それがどうもよくわからない。思い出せない。

 

いや、しっかり思い出そうとしなかったというべきか、祈女の務めなんて興味がなかったのだ。

 

 

私が祈女(ユータ)に期待していたのは、ゲームの魔法使い見たいに、呪文でバンバーンと派手に相手を攻撃する能力だ。

 

でも、おそらく祈女(ユータ)には、そんな能力はないだろうと見限って居た。

 

そもそも、この世界には攻撃する相手…モンスターなんかも居るんだか居ないんだか。

 

つまんない世界!

 

 

って云う事で、ふてくされてゴロゴロしていたワケなのだけれども、何故そんな贅沢が出来るのかって言えば、私の父親であるアーク・ハーティが、このウォファム村のトップだったからだ。

 

 

いやぁ、原始社会では、見てくれと筋肉てのはとっても大事なんだろう。

 

ハーティは、すごいおっそろしい見かけに似合わず、随分人懐こい感じだった。

 

すごいおっそろしい見かけというのは、異世界から転生した私個人の感想ではなく、ウォファム村、村人多数の感想だ。

 

 

と、ウィーギィ爺が教えてくれた。

 

 

そのすごいおっそろしい見かけなのに、人懐っこいというのは、…あれだ、そう、落差萌えってヤツなのだろう。

 

 

 

ハーティは村人の心中をしっかり握って、離さなかった。

 

すごいおっそろしい見かけだと、変な連中を村に寄せ付けない。

 

いわば村の用心棒的な役割も期待されたのだ。

 

 

 

そもそもハーティは、この村の出身ではなかったらしい。

 

 

15歳ぐらいか、それより前か?

 

南にあるハーティムル島からやって来た。

 

 

要するに他所(よそ)者だ。

 

 

その上、件(くだん)の見かけである。

 

当初、村人は甚(いた)く警戒したとの事。

 

 

当然である。

 

 

だが、ハーティは村人らに贈り物をしまくる事で、取り入ったらしい。

 

 

 

どこからなのか、この島では随分珍しいモノを持ってきては、村中におすそ分けしまくったのだ。

 

その甲斐あって、ハーティは村人らに受け入れられた。

 

 

その上、力仕事では、先頭に立って働き、村人一丸とならなければ出来ないような事業では、素晴らしいリーダーシップをとったらしい。

 

 

その結果が村のトップだ。

 

 

 

村のトップの事は、頭(ブリャ)って云うらしい。

 

ハーティの事はもう頭(ブリャ)ではなく、主(ウフヌ)と呼ぶ人たちもいるそうだ。

 

 

何が違うのか?って云うと、格の違いというか。

 

頭(ブリャ)っていうと、村長さん的な立ち位置でもいいが、どっちかというと、若者らのリーダ的な意味合いが強いそうだ。

 

主(ウフヌ)っていうと、ハッキリ村長さん的な立ち位置で、なお、周辺の村でも顔役的な感じらしい。

 

 

「ハーティ様なら、きっと島の本主(ディウフヌ)にも至りましょう。」

 

 

と、ウィーギィ爺が、ふて寝している私の横にしゃがみ込み、大きな葉っぱを団扇のようにゆっくり煽りながら教えてくれる。

 

 

察するに本主(ディウフヌ)っていうのは、いくつかの主(ウフヌ)を束ねる、村ではなく、島のトップという事らしい。

 

 

この島にはウォファム村以外にも結構村々がある事を、この時知った。

 

ていうか4歳じゃ、島そのものがどれぐらい大きいのかもよくわからないのだから、当然だ。

 

 

 

ちなみにウィーギィ爺は、私の子守的な立場らしく、いつも私の側を離れなかった。

 

そういう、子供に子守的な人を置けるというのも、親父であるハーティの財産力の現れと言える。

 

でも、どクソ原始の村なんだけれどね。

 

 

 

私はウィーギィ爺に背中を向けて寝転がり、ボンヤリと土間の戸口から外を眺めて居た。

 

 

強い日差しが外を照らしている。

 

 

そんな私の背中に、ウィーギィ爺は、親父の事、島の事、島の外の事などをボソボソ語ってくれた。

 

 

時々私は、ウィーギィ爺が言う、わからない単語、気になる事柄について尋ねる。

 

ウィーギィ爺はそれについて答える。

 

頭(ブリャ)とか主(ウフヌ)とか、その関係性なんかは、そうして教わった。

 

 

また、ウォファム村の事、他の村の名と位置関係、エーシャギーク島と周囲の島々、つまりイヤィマ諸島の事、さらに、その外の大きな島、大陸(ティオク)の事なんかもだ。

 

 

ウィーギィ爺はラジオであり、ネット見たいな存在だと思った。

 

 

だけれども、この原始の村で、しかも4歳の、その上、転生元は、ただのおっさんだった私に、何が出来るんだ?という思いは強かった。

 

これが、何かしら、転生前が専門職だったら、…つまり、医者とか、技術者だったら、少しはチート的役割もあるだろう。

 

 

だが、私は何も知らない。

 

 

まさに、ただの一般人だ。

 

まぁ、仮に専門職だと言っても、税理士や、弁護士が来ても、役には立たないだろうなとは思う。

 

 

せめてもう少し文明が進んだ社会だったら、何か出来たかもしれないが、ここまで原始的だとお手上げだ。

 

 

その上、ご飯が不味(まず)すぎるよー。

 

 

 

私はウィーギィ爺のボソボソラジオを聴きながら、うたた寝していった。

 

 

美味しいもの…。

 

美味しいものを食べたい。

 

 

そんな事を思いながら寝たせいだろうか?

 

 

私は夢を見た。

 

 

夢の中で私はパスタを茹でていた。

 

大好きなペペロンチーノを作るのだ。

 

 

元の世界で、私はあまり料理をしなかった。

 

だから、自分で料理する時は、結構うっかりなミスをよくする。

 

 

何か間違ったかもしれない。

 

そんな不安が夢の中で広がった。

 

 

ペペロンチーノは出来た。

 

 

だが、不味(まず)かった。

 

 

この世界の料理よりはマシだが、期待をはるかに下回った。

 

予感通りである。

 

 

夢というのは、嫌な予感がすると、必ず夢の中では現実化するのである。

 

 

とは云え、何を失敗したのだ?

 

 

私は思い出そうとして居た。

 

 

それはデジャヴュだった。

 

てか、夢だから、過去の失敗をなぞっただけだし、その時の思考をリピートしただけだ。

 

 

だから、すぐに思いついた。

 

 

ああ…パスタを茹でる時、塩を入れ忘れた。

 

 

 

塩は大事だ。

 

塩は調味料の基本だ。

 

ペペロンチーノを失敗した時、私は強く思った。

 

 

絶対塩を忘れないぞと。

 

 

デジャヴュだけれど。

 

 

 

と、云うところで目が覚めた。

 

 

まだ日差しが強いのが、土間の空いた戸口から見えた。

 

寝たのは数分だったのかもしれない。

 

それでも、頭はボケーっとしている。

 

 

「塩」

 

 

と、私はつぶやいた。

 

 

「ほほぉ。塩ですか。」

 

 

と、葉っぱの団扇で扇いでいたウィーギィ爺も応じてくれた。

 

 

もうしばらくボーっとしてから、フと気がついた。

 

 

ウィーギィ爺は「塩ですか。」と応じてくれた。

 

て、塩知ってるの?

 

 

「ウィーギィ爺。」

 

 

私は振り向いて、爺を見上げた。

 

 

「何ですか?」

 

「塩を知ってるの?」

 

「ええ。存じてますよ」

 

 

まじかー!?

 

 

塩知ってるのか?

 

 

この島には塩はなかったと云うのは思い込みだったのか?

 

 

でも、最初に料理が出された時、あまりに味がなくてチュチュ姐(ネーネ)に塩はないのか?と聞いた事がある。

 

チュチュ姐(ネーネ)はキョトンとした顔で「塩?」とオウム返しして小首を傾げただけだった。

 

その仕草は可愛かったが、塩を知らないのは明白だ。

 

なので塩がないと思い込んでいた。

 

 

あったら料理に使うだろう。

 

親父のハーティが使わせるだろう。

 

だけど使わせてないのだから、塩はないのだ。

 

 

と、思い込みを補強していた。

 

 

 

私は起き上がってウィーギィ爺を見つめる。

 

 

「塩を何故使わないの?」

 

「何にですか?」

 

「ご飯…お料理に。」

 

 

ウィーギィ爺はキョトンとした顔をしてから、ニッコリ笑った。

 

 

「塩は中々手に入らないですからねぇ。」

 

 

ああ、やっぱりそうか。

 

存在はあったとしても、気軽に入手出来るものではないらしい。

 

 

う〜ん…。

 

 

私は腕組みをしてうつむく。4歳の子にしては、ちょっとありえないポーズかな?

 

 

……

 

 

あれ?

 

 

でも、ここは海の中の島だ。

 

 

海は塩水だろー?。海から塩取れるだろー?。そんなに入手が難しいものか?

 

 

ていうか、海に囲まれているのに、何故塩を作らない?

 

 

顔を上げて再びウィーギィ爺を見つめる。

 

 

「塩は海から取れるんじゃないの?」

 

「おお。よくご存知でございますね。どこで聞いたのですか?」

 

 

どこでって…常識じゃないのか?

 

 

うーむ。原始社会だと常識が違い過ぎるのか?

 

 

この質問は答えないとイケないのか?

 

 

「う〜ん。夢で神様が教えてくれた。」

 

 

で、大丈夫か?この答えで?

 

 

「おお。神様が。…やはりクィンツ様の霊力はとてもお高いのですね。」

 

 

納得の上、感心されてしまった。

 

嘘だけどね。テヘペロ。

 

 

うむ。

 

 

私はきっとこの世界では初の「テヘペロ」を、この時やったのだ。

 

心の中でだけれど。

 

 

「それで、何故塩を作らないの?」

 

「塩を作るのには、とても時間が掛かります。」

 

「うんうん。」

 

「薪も沢山必要です。」

 

「うんうん」

 

「あの大きなカメ一杯に海の水を組んで…」

 

 

と、ウィーギィ爺が、土間のカメを指差した。

 

昔私が水浴びで入れさせられたやつだ。

 

 

「薪を沢山つかって…延々と煮続けても…取れる塩は、これぐらいです。」

 

 

と、ウィーギィ爺は、右手を小さく丸めて見せる。

 

 

「それぽっちの塩をつくるのに、手間暇がかかり過ぎるのです。だから、この島では誰も塩を作りません。」

 

 

な、なんと!

 

そんな理由で塩を生産しないのか?

 

 

でも、理屈はわかる…。

 

 

あのカメ一杯の海水を、ずぅっと煮込んで、全部を蒸発させるのには、この原始の村では、相当の時間が掛かる。

 

燃料である薪だって、取ってくるのは、無労力という訳じゃない。

 

私にはふて寝している時間はあるけれど、村の連中は4歳と言えども、何かの言いつけをやっている。

 

 

これだけ原始的な村だと、食料の生産だけでも、結構イッパイイッパイだろう。

 

 

私は、美味しい料理を知っているから、それでも塩ーーー!と思うけれど、この村の住人らは、そもそも美味しい料理を知らない。

 

 

確かにそれじゃぁ、手間暇かけて塩を作ろうとは思わないだろう。

 

 

ちなみに、いつもご飯についてくる苦しょっぱいスープは、海水を茹でたものだった。

 

塩作るより、塩気は海水スープで補ってしまえと云う事らしい。

 

味を別にすれば、それはそれで合理的ではないか?

 

 

私はグヌヌとなってしまう。

 

 

これだから原始社会はぁーーーーー!!!

 

 

 

だけれど何でウィーギィ爺は「塩」を知ってるのだろうか?

 

そんな暮らしじゃ、「塩」に出会う筈もない。

 

 

「爺(ジージ)は何で塩を知ってるの?」

 

「昔乗って居た船の荷で御座いましたから」

 

「船の荷?」

 

「ヴィンからの船の荷の一つが塩でした。ウーチュでは塩を購入する家がありましたから」

 

 

ヴィン?…うーんと、うーんと。

 

 

ああ、そうだ、大陸(ティオク)の南の事をそう呼ぶんだ。

 

 

で、ウーチュ??

 

 

うーんと。イヤィマの東、ビヤク島のさらに向こうにある大きな島の事だっけ?

 

王(ウィノ)様が居るとか云う島だ。

 

これらの知識はウィーギィ爺ラジオがボソボソ語ってくれていた。

 

だけれど…

 

 

う〜んんん??

 

 

そもそもなんで、ウィーギィ爺はそんな事まで知ってるのだろう?

 

 

島の常識なんだろうか?

 

 

てか、私はそう思っていたから、それまで気にしてなかった。

 

だけれど、塩についてはウィーギィ爺の嫁のチュチュ姐(ネーネ)は知らなかった。

 

チュチュ姐(ネーネ)を基準にしていいかどうかわからないけれど、もしかしたら、ウィーギィ爺は島の普通の人たちよりは、知識が豊富なのではないだろうか?

 

 

う〜ん…

 

 

「昔乗っていたの?…お船に…?」

 

「左様でございます。」

 

「何で乗っていたの?」

 

「通詞でございましたから」

 

「通詞?」

 

「国と国、島と島が異なると、言葉が違って居るのです。私は、違う言葉の間を取り持つ役目をしていました」

 

 

うん。知ってる。通詞は通訳の事だ。

 

ウィーギィ爺は通訳だったんだ。

 

てか、それって、この原始社会じゃ、結構インテリじゃね?

 

いや、相当インテリの部類じゃね?

 

そんなインテリさんが何故この島に?どこで色んな言葉を学んだ?

 

 

「国と国の言葉が違うなら、爺(ジィージ)はどこでその言葉を覚えたの?」

 

「クゥメでございます」

 

「クゥメ?」

 

「私の故郷です。」

 

「爺(ジージ)の故郷はイヤィマじゃないんだ?」

 

「はい。」

 

「クゥメで国と国、島と島の言葉を覚えて、お船に乗っていたの?」

 

「はい」

 

「じゃぁ、どうして今はエーシャギークに居るの?」

 

「……」

 

 

ウィーギィ爺は、ニッコリ微笑んで沈黙した。

 

 

なんか言いたくない事情があるんだろう。

 

私の中身は4歳児ではないので、それぐらいは察しられる。

 

爺(ジージ)の顔をしばらく見つめてから、私は、プイと横を向いて、寝転がった。

 

喋りたくないモノを、無理に聞き出そうとする程、不躾じゃないからだ。

 

 

それよりも、塩だ。

 

 

島の連中は塩を作らない。

 

手間暇がかかり過ぎるから…。

 

そんなに時間は無いって事だ。

 

 

でも、私はどうだろう?

 

こうやってふて寝している時間がある。

 

塩ぐらい作ったっていいんじゃないか?

 

 

 

…いや、塩がない島で塩をつくるって、結構チートじゃね?

 

モブキャラ脱却に繋がるんじゃね?

 

モブキャラ…脱却しちゃおっかなぁ?

 

 

 

そんな事を妄想し始めると、口元が緩んだ。

 

私は少しだけニマニマしながら、明るい外を眺めていた。