もしかして、自分はモブキャラの転生者なんじゃないか?
とか、自分の在り様を疑い出したのは、この世界に目覚めて1週間後ぐらいだろうか?
というか、まだこちらの世界の暦を知らなかったから、おおよそなんだけれど。
その頃は、すっかりふてくされて、土間のゴザの上で寝転がっていた。
後から思えば、随分贅沢な立場だったよね。
この世界では、子供といえども、何かしらの用事を言付かっている。
たとえ4歳でもだ。
まぁ、私は祈女(ユータ)だから、祈女(ユータ)の務めをしなければいけない。
だけれど、それがどうもよくわからない。思い出せない。
いや、しっかり思い出そうとしなかったというべきか、祈女の務めなんて興味がなかったのだ。
私が祈女(ユータ)に期待していたのは、ゲームの魔法使い見たいに、呪文でバンバーンと派手に相手を攻撃する能力だ。
でも、おそらく祈女(ユータ)には、そんな能力はないだろうと見限って居た。
そもそも、この世界には攻撃する相手…モンスターなんかも居るんだか居ないんだか。
つまんない世界!
って云う事で、ふてくされてゴロゴロしていたワケなのだけれども、何故そんな贅沢が出来るのかって言えば、私の父親であるアーク・ハーティが、このウォファム村のトップだったからだ。
いやぁ、原始社会では、見てくれと筋肉てのはとっても大事なんだろう。
ハーティは、すごいおっそろしい見かけに似合わず、随分人懐こい感じだった。
すごいおっそろしい見かけというのは、異世界から転生した私個人の感想ではなく、ウォファム村、村人多数の感想だ。
と、ウィーギィ爺が教えてくれた。
そのすごいおっそろしい見かけなのに、人懐っこいというのは、…あれだ、そう、落差萌えってヤツなのだろう。
ハーティは村人の心中をしっかり握って、離さなかった。
すごいおっそろしい見かけだと、変な連中を村に寄せ付けない。
いわば村の用心棒的な役割も期待されたのだ。
そもそもハーティは、この村の出身ではなかったらしい。
15歳ぐらいか、それより前か?
南にあるハーティムル島からやって来た。
要するに他所(よそ)者だ。
その上、件(くだん)の見かけである。
当初、村人は甚(いた)く警戒したとの事。
当然である。
だが、ハーティは村人らに贈り物をしまくる事で、取り入ったらしい。
どこからなのか、この島では随分珍しいモノを持ってきては、村中におすそ分けしまくったのだ。
その甲斐あって、ハーティは村人らに受け入れられた。
その上、力仕事では、先頭に立って働き、村人一丸とならなければ出来ないような事業では、素晴らしいリーダーシップをとったらしい。
その結果が村のトップだ。
村のトップの事は、頭(ブリャ)って云うらしい。
ハーティの事はもう頭(ブリャ)ではなく、主(ウフヌ)と呼ぶ人たちもいるそうだ。
何が違うのか?って云うと、格の違いというか。
頭(ブリャ)っていうと、村長さん的な立ち位置でもいいが、どっちかというと、若者らのリーダ的な意味合いが強いそうだ。
主(ウフヌ)っていうと、ハッキリ村長さん的な立ち位置で、なお、周辺の村でも顔役的な感じらしい。
「ハーティ様なら、きっと島の本主(ディウフヌ)にも至りましょう。」
と、ウィーギィ爺が、ふて寝している私の横にしゃがみ込み、大きな葉っぱを団扇のようにゆっくり煽りながら教えてくれる。
察するに本主(ディウフヌ)っていうのは、いくつかの主(ウフヌ)を束ねる、村ではなく、島のトップという事らしい。
この島にはウォファム村以外にも結構村々がある事を、この時知った。
ていうか4歳じゃ、島そのものがどれぐらい大きいのかもよくわからないのだから、当然だ。
ちなみにウィーギィ爺は、私の子守的な立場らしく、いつも私の側を離れなかった。
そういう、子供に子守的な人を置けるというのも、親父であるハーティの財産力の現れと言える。
でも、どクソ原始の村なんだけれどね。
私はウィーギィ爺に背中を向けて寝転がり、ボンヤリと土間の戸口から外を眺めて居た。
強い日差しが外を照らしている。
そんな私の背中に、ウィーギィ爺は、親父の事、島の事、島の外の事などをボソボソ語ってくれた。
時々私は、ウィーギィ爺が言う、わからない単語、気になる事柄について尋ねる。
ウィーギィ爺はそれについて答える。
頭(ブリャ)とか主(ウフヌ)とか、その関係性なんかは、そうして教わった。
また、ウォファム村の事、他の村の名と位置関係、エーシャギーク島と周囲の島々、つまりイヤィマ諸島の事、さらに、その外の大きな島、大陸(ティオク)の事なんかもだ。
ウィーギィ爺はラジオであり、ネット見たいな存在だと思った。
だけれども、この原始の村で、しかも4歳の、その上、転生元は、ただのおっさんだった私に、何が出来るんだ?という思いは強かった。
これが、何かしら、転生前が専門職だったら、…つまり、医者とか、技術者だったら、少しはチート的役割もあるだろう。
だが、私は何も知らない。
まさに、ただの一般人だ。
まぁ、仮に専門職だと言っても、税理士や、弁護士が来ても、役には立たないだろうなとは思う。
せめてもう少し文明が進んだ社会だったら、何か出来たかもしれないが、ここまで原始的だとお手上げだ。
その上、ご飯が不味(まず)すぎるよー。
私はウィーギィ爺のボソボソラジオを聴きながら、うたた寝していった。
美味しいもの…。
美味しいものを食べたい。
そんな事を思いながら寝たせいだろうか?
私は夢を見た。
夢の中で私はパスタを茹でていた。
大好きなペペロンチーノを作るのだ。
元の世界で、私はあまり料理をしなかった。
だから、自分で料理する時は、結構うっかりなミスをよくする。
何か間違ったかもしれない。
そんな不安が夢の中で広がった。
ペペロンチーノは出来た。
だが、不味(まず)かった。
この世界の料理よりはマシだが、期待をはるかに下回った。
予感通りである。
夢というのは、嫌な予感がすると、必ず夢の中では現実化するのである。
とは云え、何を失敗したのだ?
私は思い出そうとして居た。
それはデジャヴュだった。
てか、夢だから、過去の失敗をなぞっただけだし、その時の思考をリピートしただけだ。
だから、すぐに思いついた。
ああ…パスタを茹でる時、塩を入れ忘れた。
塩は大事だ。
塩は調味料の基本だ。
ペペロンチーノを失敗した時、私は強く思った。
絶対塩を忘れないぞと。
デジャヴュだけれど。
と、云うところで目が覚めた。
まだ日差しが強いのが、土間の空いた戸口から見えた。
寝たのは数分だったのかもしれない。
それでも、頭はボケーっとしている。
「塩」
と、私はつぶやいた。
「ほほぉ。塩ですか。」
と、葉っぱの団扇で扇いでいたウィーギィ爺も応じてくれた。
もうしばらくボーっとしてから、フと気がついた。
ウィーギィ爺は「塩ですか。」と応じてくれた。
て、塩知ってるの?
「ウィーギィ爺。」
私は振り向いて、爺を見上げた。
「何ですか?」
「塩を知ってるの?」
「ええ。存じてますよ」
まじかー!?
塩知ってるのか?
この島には塩はなかったと云うのは思い込みだったのか?
でも、最初に料理が出された時、あまりに味がなくてチュチュ姐(ネーネ)に塩はないのか?と聞いた事がある。
チュチュ姐(ネーネ)はキョトンとした顔で「塩?」とオウム返しして小首を傾げただけだった。
その仕草は可愛かったが、塩を知らないのは明白だ。
なので塩がないと思い込んでいた。
あったら料理に使うだろう。
親父のハーティが使わせるだろう。
だけど使わせてないのだから、塩はないのだ。
と、思い込みを補強していた。
私は起き上がってウィーギィ爺を見つめる。
「塩を何故使わないの?」
「何にですか?」
「ご飯…お料理に。」
ウィーギィ爺はキョトンとした顔をしてから、ニッコリ笑った。
「塩は中々手に入らないですからねぇ。」
ああ、やっぱりそうか。
存在はあったとしても、気軽に入手出来るものではないらしい。
う〜ん…。
私は腕組みをしてうつむく。4歳の子にしては、ちょっとありえないポーズかな?
……
あれ?
でも、ここは海の中の島だ。
海は塩水だろー?。海から塩取れるだろー?。そんなに入手が難しいものか?
ていうか、海に囲まれているのに、何故塩を作らない?
顔を上げて再びウィーギィ爺を見つめる。
「塩は海から取れるんじゃないの?」
「おお。よくご存知でございますね。どこで聞いたのですか?」
どこでって…常識じゃないのか?
うーむ。原始社会だと常識が違い過ぎるのか?
この質問は答えないとイケないのか?
「う〜ん。夢で神様が教えてくれた。」
で、大丈夫か?この答えで?
「おお。神様が。…やはりクィンツ様の霊力はとてもお高いのですね。」
納得の上、感心されてしまった。
嘘だけどね。テヘペロ。
うむ。
私はきっとこの世界では初の「テヘペロ」を、この時やったのだ。
心の中でだけれど。
「それで、何故塩を作らないの?」
「塩を作るのには、とても時間が掛かります。」
「うんうん。」
「薪も沢山必要です。」
「うんうん」
「あの大きなカメ一杯に海の水を組んで…」
と、ウィーギィ爺が、土間のカメを指差した。
昔私が水浴びで入れさせられたやつだ。
「薪を沢山つかって…延々と煮続けても…取れる塩は、これぐらいです。」
と、ウィーギィ爺は、右手を小さく丸めて見せる。
「それぽっちの塩をつくるのに、手間暇がかかり過ぎるのです。だから、この島では誰も塩を作りません。」
な、なんと!
そんな理由で塩を生産しないのか?
でも、理屈はわかる…。
あのカメ一杯の海水を、ずぅっと煮込んで、全部を蒸発させるのには、この原始の村では、相当の時間が掛かる。
燃料である薪だって、取ってくるのは、無労力という訳じゃない。
私にはふて寝している時間はあるけれど、村の連中は4歳と言えども、何かの言いつけをやっている。
これだけ原始的な村だと、食料の生産だけでも、結構イッパイイッパイだろう。
私は、美味しい料理を知っているから、それでも塩ーーー!と思うけれど、この村の住人らは、そもそも美味しい料理を知らない。
確かにそれじゃぁ、手間暇かけて塩を作ろうとは思わないだろう。
ちなみに、いつもご飯についてくる苦しょっぱいスープは、海水を茹でたものだった。
塩作るより、塩気は海水スープで補ってしまえと云う事らしい。
味を別にすれば、それはそれで合理的ではないか?
私はグヌヌとなってしまう。
これだから原始社会はぁーーーーー!!!
だけれど何でウィーギィ爺は「塩」を知ってるのだろうか?
そんな暮らしじゃ、「塩」に出会う筈もない。
「爺(ジージ)は何で塩を知ってるの?」
「昔乗って居た船の荷で御座いましたから」
「船の荷?」
「ヴィンからの船の荷の一つが塩でした。ウーチュでは塩を購入する家がありましたから」
ヴィン?…うーんと、うーんと。
ああ、そうだ、大陸(ティオク)の南の事をそう呼ぶんだ。
で、ウーチュ??
うーんと。イヤィマの東、ビヤク島のさらに向こうにある大きな島の事だっけ?
王(ウィノ)様が居るとか云う島だ。
これらの知識はウィーギィ爺ラジオがボソボソ語ってくれていた。
だけれど…
う〜んんん??
そもそもなんで、ウィーギィ爺はそんな事まで知ってるのだろう?
島の常識なんだろうか?
てか、私はそう思っていたから、それまで気にしてなかった。
だけれど、塩についてはウィーギィ爺の嫁のチュチュ姐(ネーネ)は知らなかった。
チュチュ姐(ネーネ)を基準にしていいかどうかわからないけれど、もしかしたら、ウィーギィ爺は島の普通の人たちよりは、知識が豊富なのではないだろうか?
う〜ん…
「昔乗っていたの?…お船に…?」
「左様でございます。」
「何で乗っていたの?」
「通詞でございましたから」
「通詞?」
「国と国、島と島が異なると、言葉が違って居るのです。私は、違う言葉の間を取り持つ役目をしていました」
うん。知ってる。通詞は通訳の事だ。
ウィーギィ爺は通訳だったんだ。
てか、それって、この原始社会じゃ、結構インテリじゃね?
いや、相当インテリの部類じゃね?
そんなインテリさんが何故この島に?どこで色んな言葉を学んだ?
「国と国の言葉が違うなら、爺(ジィージ)はどこでその言葉を覚えたの?」
「クゥメでございます」
「クゥメ?」
「私の故郷です。」
「爺(ジージ)の故郷はイヤィマじゃないんだ?」
「はい。」
「クゥメで国と国、島と島の言葉を覚えて、お船に乗っていたの?」
「はい」
「じゃぁ、どうして今はエーシャギークに居るの?」
「……」
ウィーギィ爺は、ニッコリ微笑んで沈黙した。
なんか言いたくない事情があるんだろう。
私の中身は4歳児ではないので、それぐらいは察しられる。
爺(ジージ)の顔をしばらく見つめてから、私は、プイと横を向いて、寝転がった。
喋りたくないモノを、無理に聞き出そうとする程、不躾じゃないからだ。
それよりも、塩だ。
島の連中は塩を作らない。
手間暇がかかり過ぎるから…。
そんなに時間は無いって事だ。
でも、私はどうだろう?
こうやってふて寝している時間がある。
塩ぐらい作ったっていいんじゃないか?
…いや、塩がない島で塩をつくるって、結構チートじゃね?
モブキャラ脱却に繋がるんじゃね?
モブキャラ…脱却しちゃおっかなぁ?
そんな事を妄想し始めると、口元が緩んだ。
私は少しだけニマニマしながら、明るい外を眺めていた。
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