えーと、君の元いた世界では、転生についての知識は豊富だったのだろうか?
私の元いた世界では、転生とか転移っていうのは、コンテンツの一つだった。
コンテンツとは何か?って?
うーん。
異世界相手だと説明が難しいねぇ。
コンテンツは『中身』っていう意味なんだけれど、それじゃわからないか。
いろんなお話しの『内容』と言えばわかるだろうか?
つまり、沢山ある物語の、一つの分類に、異世界からの転生とか転移について、よく語られていたんだよね。
え?実際に、異世界からの転生者とか転移者とかが居たのかって?
うーん。居たかもしれないし、居ないかもしれないし、それはわからないね。
物語はあくまで物語で、実際にあった出来事を書いたとは限らない。
一種のホラ話?ホラ話とわかった上で楽しむ娯楽?
そういうモノの中に異世界への転生とか、転移モノがあったんだな。
で、前の世界の私は、そういうホラ話しが大好物だったんだよね。
だから、自分が転生した事は、それほど違和感なく受け入れられた。
え?元はホラ話じゃないか?って。
うむ。
ホラ話しが現実にあったらって、よく妄想するじゃないか?
え?君はしないの?
まぁ、それじゃあ、転生とか転移でこの世界に来た時は、状況が理解出来ない事だらけで苦労したんじゃない?
私は、普段から、そういうホラ話に接しまくっていたから、転生したという状況はすぐ理解した。
でも、理解はしたが、すぐ世界に馴染めたのか?といえば、それは全然違う。
そもそも、私の元の世界のホラ話し…異世界転生、転移ものって、通常、中世ヨーロッパ風の世界に行くのだ。
中世ヨーロッパ風とは何かって?
南来(パテラー)人の故郷みたいな所だよ。
いや、現実に南来(パテラー)人らの故郷に転生していたら、まさに王道の異世界転生モノもだったのであろうなと思う。
だけど、私が目覚めたのは、ご存知のようにエーシャギークだ。
海に囲まれた島だ。
近くにはトクトウムとかウリィテムとか、島は結構あるけれど、そういったイヤィマから外れれば、どこまでも広がる海の中の諸島群の一つの島に過ぎない。
そればかりか、エーシャギークは随分と未発達の島だった。
前にも書いたけれど、そもそも家にトイレがないのだ。
私の元居た世界の、私が知る限りの昔でも、肥溜め式のトイレはあった。
農家のトイレは、家の中じゃないけれど、家の外には厠があった。
だって、農業やるのに、肥溜めって必須じゃない?
だったら家の敷地内にそれ用の施設ぐらい作るでしょ。
ところが、この島にはそれすら無かったんだよ。
衝撃的だよ。
てか、土間と床で分かれているような我がアークの家は、この島では進歩的な作りな部類で、島人の何割かは竪穴式住居か?って言うような所に住んでいた。
一応、家の囲いは、石を積んだだけとはいえ、しっかりあるのだけれども。
着るものだって、一枚布を簀巻きにして穴を開けて手を出し、帯で締めた、初期型着物って風なのがメインファッションらしいく、弥生時代ですか?ここは?って感じだった。
え?
弥生時代って何かって?
ごめん、もう説明が面倒だから、パスしていいかな?
ともかく、そんな所だったのは、異世界転生モノとしては、かなり外道な部類だ。
異世界に転生した事は理解出来たけれど、この世界設定は、ないんじゃないか?
どこかにリセットボタンが落ちてるんじゃないかと、随分探したよ。
だって、まだ龍に会う遥か以前だったから。
異世界転生の仕組みがわかっていなかったから。
あと、
「ステータス」
とか叫んでも、何のウィンドウも出て来ないんだぜ?
ガッカリだよ。実にガッカリだ。
男の子のロマンは早々に打ち砕かれた。
まぁ、転生してからは女の子だけれども。
でも、魔法使い的な人は居た。
救いだよ。
『祈女(ユータ)』って云うらしいけれど、祈る事で何か超人的な力を発生させるらしい方々が居るのだ。
名前の通り、女性限定らしいのだが。
そして、私は、なんとその祈女(ユータ)なのだった。
えらい。私。
すごい私。
4歳の祈女(ユータ)っていうのは、相当ハイレベルな存在らしかった。
だから、私は島の中では尊敬を集めていたらしい。
うーん…島中の尊敬かどうかはわからない。
あくまで、私が住む、ウォファム村の界隈の話しでは…らしいけれども。
で、祈る事で何か超人的な力を発生させられるかもしれない私は、それを思い出して早速試そうとしてみた。
だが、具体的にどうすれば良いのかがわからない。
クィンツの記憶を探っても、いまいちパッとしない。
せいぜい、何か、踊っていた覚えはあるのだけれど、それがどういう効果効能を生み出すのか不明なのだ。
おのれ、所詮は4歳の記憶である。
チェって感じだ。
クィンツの記憶が私に教えてくれた事は、自分が祈女(ユータ)であった事、祈れば何かあるという事だけなのだ。
何をどう祈るのか?
魔法使いみたいに、呪文を詠唱するのと違うのか?
う〜ん。う〜ん。と頭をひねって見たのだが、どうにも思い出せない。
というか、それ以前に、暮らして行くのに、もっと解決せねばならない事、気になる事が色々ありすぎたのだ。
トイレもそうなら、土間と床しかない家もそう。
ちなみにワンルームだ。家の中は部屋ごと分かれていない。
部屋ではなくて家屋で分かれている感じだ。
その上、まずもってご飯が美味しくない。
前の世界の私は、好き嫌いなく何でも食べられる大人だったが、この世界はそんなレベルではない。
一応、米みたいな穀物があるのは救いだが、それすら白米じゃない。
玄米と云うか、それ以前と云うか、ロクに脱穀してないような、辛うじてご飯というような物が出て来る。
小麦文化ではないらしいので、パン的なものは、ナン的なモノも含めて見当たらない。
ご飯と一緒に出てくるのは、何かのスープで、苦しょっぱい。
味噌味ではない。
海藻みたいなものが浮かんでいる。
それから、肉や魚も出てくるが、えぐい。
焼いてはあるのだが、表面が真っ黒で、煤けていて、中は火が通っていない感じだ。
味付けなんか、されているワケがない。
でもって、食べるに当たって、箸はない。
先を細くした感じの細長い棒、一本を握って食べる。
肉とか魚は、その棒で刺して切り裂き、手で摘んで食べる。
その後しょっぱいスープを飲む。
どうやら塩すら無いので、そのしょっぱいスープは調味料も兼ねているらしい。
量は、そこそこあるのだが、そもそも食欲がわかない。
食べるのが楽しくない。
修行のごときだ。
大人たちは、結構食べているのだけれども。
…まぁ、当たり前だろ。
それしか食べた事がないのなら、それ以上を知らない。
想像すらしない。
食事を改善しようという発想はないだろう。
「クィンツ?どーした?食べないと、体良くならないぞ」
と、食事の時、親父のハーティが言っていた。
一応心配してくれているらしい。
やっぱり赤鬼にしか見えないのだが。
「クィンツ様、まだ具合が悪いのですか?」
と、女中というか、雑役婦というか、メイドというか…この家で、そういう役割であるチュチュ姐(ネーネ)も心配そうに顔を覗き込んで来る。
ちなみにチュチュ姐(ネーネ)の顔は真っ黒である。
真っ黒といっても、アフリカンな感じではなくて、アジアンのすごく日焼けした感じなのではあるが。
その真っ黒の顔で、二つの目だけは丸く白く、クリクリっとしており、それぞれの真ん中に、これまた真っ黒な瞳が、私らしい影を反射して、印象的だった。
以外と鼻筋も通っており、肉厚の唇が、魅惑的な、南国風の美人さんである。
中身おじさんの私は、4歳の女児であるにも関わらずトキメクのであるが、彼女のお腹は大きく膨らんでいる。
もうすぐ産まれそうだよ。
チュチュ姐(ねーね)は19歳で、これでもウィーギィ爺の嫁だ。
だからお腹の子は、ウィーギィ爺の子だ。
子だよ。…うん。きっと。そうさ。
というか、ウィーギィ爺は、白髪のヒゲと眉と、ついでに頭だが、そんなに年寄りでも無かった。
ハッキリした年齢はわからないが40歳ぐらいだと言っていた。
40歳か…爺と呼ぶには若いが、嫁が19歳というのは…解せぬ。
まぁ、親父が与えたらしいのだが。
と、クィンツの記憶が教えてくれた。
話しを戻して、ともかくご飯が美味しくなくて、悲しくてしょうがない。
チュチュ姐(ネーネ)に心配そうに顔を覗かれても、それがちょっとトキメク美人さんでも、こればかりはどうにもならない。
「もういいよ」
と、食器を乗せた盆をチュチュの方に押す出す。
チュチュ姐(ネーネ)は悲しそうにその盆を下げた。
これがご飯問題だ。
次に、風呂問題だ。
トイレが家の外の木陰なんだから、家内に風呂なんてあるワケがない。
クィンツの記憶では、時々川に行って水浴びしていたようだが、それより小さい時は、水の入ったカメに入れられた記憶がある。
当然お湯ではない。
エーシャギークは暑い地方の島ではあるが、水に入る時はやっぱり冷たい。
カメの中の水にドボンとされた時、ドキンと心臓が跳ねた。
心臓発作になっていたらどうすんだ?と、カメに入れた親父に、心の中で、今更悪態を付いて見る。
それはともかく、今はどうすべきか?
川に行くのは『時々』だが、その『時々』の間がわからない。
なんか、ちょっと体が痒んだけれど、とかぶちぶち思う。
昼間、いきなり土砂降りになって、雨の跳ね返りで、思いっきり泥水を浴びたり、そうかと思うといきなり晴れ渡って、すごく蒸し暑くなって汗だくになったり、とか、やっぱり毎日でも風呂に入りたいと強く思った。
しかも、泥水や汗で濡れた体を、布とかで拭き取らないで、乾いた草の塊で拭くとか…いや、そもそも、余分な布が少なすぎるとか、なんて云うか、生活水準が原始的すぎてどうしようもない。
それが、この世界に来て、数日の経験であり印象だった。
だから、魔法使い見たいな、祈女(ユータ)なんだと云う事を思い出しても、その魔法の確認?祈りの実践なんてまるで出来なかった。
まったくもって、何でこんな世界に転生したのだろう?
元の世界に居た時の転生モノは大好物だったけれど、実際に転生したら、帰りたい、帰りたいと、毎日、毎時、毎分思っていた。
まぁ、よく思い出してみれば、転生モノでも、主人公以外の転生者は、結構ひどい目に遭うんだよね。
コメントをお書きください