ところで、君は4歳の時の記憶なんて、しっかりあるだろうか?
私は前の世界の4歳の時の記憶なんぞ、ほぼほぼ覚えていない。
当たり前だろとすら思う。
だが、こっちでは違う。
4歳と言っても、精神的には立派な大人なのだから。
その上で、私は、その時のことをしっかりメモして残した。
紙なんてロクにない社会だったから、最初は木の板に。
その後、紙を入手したら、紙に書き写した。
メモは大事だ。
色々な発想が浮かんでも、忘れちゃったら実行出来ない。
ていうか、4歳で普通メモなんか残さないだろう。
さすが中身大人の私である。
でも、メモに頼らなくても、こちらの世界で目覚めた時の記憶はしっかりある…。
私は寝ていて…波の音がして…目を覚ました時、目の前に顔があったのだ。
10歳前後の男の子の顔だ。
いや、もう少し大きいか?
大人になる途中感がアリアリの感じの顔だった。
髪の毛を後ろにまとめているのか、随分おでこが広い顔だと、いきなり思った。
眉毛は太く、目も大きかった。
瞳もでかく、まるでアニメのキャラみたいな顔だ。
ああ、君にアニメとか言ってもわからないか?
アニメっていうのは、私の元いた世界の創作物で、デフォルメした人物などの絵を複数描いて物語を紡ぐ感じの奴だ。
うーん。
きっとこの説明では君はトンチンカンな誤解をするかもしれないが…。
まぁこっちの世界にないからどうでもいいか?
言いたいのは目も瞳もやたらデカイ子だったという事だ。
鼻は子供らしくちょこんとしているけれど、やや横に広がっている感じ。
唇は厚かった。
見えたのはそんな感じだ。顔から下の体とかはよくわからない。
ともかく、間近でギョロリと二つの目玉がこっちを見ていた。
私は目をパチクリしたと思う。
これがムサイ男だったらゾワワとしたかもしれないが、所詮子供の顔である。
間近でもどうって事はない。
こっちもじぃっと相手の目を見ると、相手の目が歪んだ。
あわわわ。って感じになって、さっと身を翻して去った。
目で追うと、初めてその子がボロ布のような上着を身にまとっているのがわかる。
「う、うーふぬ、うーふぬ!起きた!起きたぁあ!」
ちょっと正確じゃないかもしれないけれど、彼はそんな声を上げて戸口から出ていった。
私は寝たまま、目玉を動かして、周囲を見た。
天井。と言うか、大きな梁。その上に、大きな草が何枚も重ねられていたような感じ。
あれはそのまま屋根なのだろうか?
壁は木製なのか、土壁なのかよくわからなかった。
右手に窓があるが、そんなに大きくない。
波の音は、そこから聞こえているようだった。
男の子が出ていった方は土間で、その向こうに、四角い出入り口らしいものがある。
土間を見回すと大きなカメがいくつか並んでいる。
戸は空いているらしく、明るくて、部屋の中とは対照的なコントラストだった。
少し起き上がると、自分が寝ているのが、ゴザを何枚か重ねた感じのものだとわかる。
みすぼらしい薄布がかけられていた。
が、それ以前に、自分の手が、ひどく小さくて白い事に驚いた。
幼児の手だ。
手をじぃっと見つめた後、頬に触ってみた。
柔らかい!
耳がカサカサする。
髪の毛が掛かっていたのだ。
頬に触っていた手を耳に回す。
てか、髪の毛ナガ!
なんじゃこらぁ?
と、まぁ、普通に驚いていると、戸口側からドタバタした感じが伝わってきて、男が飛び込んで来た。
デカイ。ひどくデカイ。縦にも横にもデカイ。
まさに四角。
見上げるような巨人に見えた。
てか、自分が小さ過ぎたのだ。
男の顔はヒゲモジャで、ホリが深く、やっぱり目がデカかった。
その上、目玉の色は緑で、髪の毛もヒゲも、赤い。
上着はさっきの子よりはマシな感じだが、袖はなく、太っとい二の腕が伸びていた。
見た感じで、筋肉が盛り上がっているのがわかる。
もちろん前腕も太ければ、手も大きかった。
その上、びっしり赤い縮れ毛で覆われている。
鬼だ!
と思った。
鬼っていうのは、私の元いた世界の伝承の生き物?だ。
そうだな。
こっちの世界の、オークっていうか、オーガっていうか。そんな感じ。
え?オークもオーガもわからない?
だったら南来(パテラー)人にでも聞いてくれ。
ともかく、ビビった。赤鬼だ。
鬼がらんらんと目を見開いてこっちを見ている。
口の端は上がって、笑っているんだろうが、めちゃくちゃデカイ。
取って食われるんじゃないか?とすぐ思った。
「クィンツ!」
鬼は叫んだ。
私は意識を失った…。
もう、わかるだろうが、これがアーク・ハーティだ。
つまり、私の父親って事だ。
なんとこの時24歳だったらしい。
嘘だろと思う。
私は意識を失ったが、激しく揺さぶられているのはわかった。
だが、それすらも意識の外となって、…それからハッと目覚めた。
今度は、白ヒゲの爺さんが見つめていた。
眉毛も白いのだが、それを寄せて、深いシワが眉間に寄っていた。
害意は感じられなかった。
「クィンツ様、大丈夫ですか?」
と爺さんは言った。
突然、爺さんの名前が頭に浮かんだ。
きっとクィンツの記憶だったのだろう。
クィンツの魂ってどこに行ったのかな?
私の魂が入って、クィンツの魂が抜けたのか?
それとも、私が前の世界の記憶を思い出しただけで、もともとクィンツだったのか?
まぁ、そんな事はどうでもいいか。
ともかく、クィンツの記憶から、その爺さん事を思い出した。
「ウィーギィ…」
きっと私は微笑んだのだと思う。
ウィーギィ爺さんはニッコリした。
「お水を飲みますか?」
「うん」
私が頷くと、爺さんは私の背中をささえて起きあげ、椀に注いだ水をくれた。
そうやって、どんどんクィンツの記憶が蘇って来た。
一方で私自身の記憶もあり、その二つが自然に混合して、これは夢じゃなくて、転生って奴だなと察した。
でも、まだ少し混乱していて、頭の中が完全に落ち着いたのは、何度か寝て起きた後だ。
ついでに、自分が女だとハッキリ悟ったのは、トイレの時だ。
ちなみに、この時、家には便所がなくて、木の陰で用を済ませたのだが、かなり衝撃的だった。
拭くモノも枯れ草だったし。
コメントをお書きください